写真家・阿部幹雄とは1996年10月からコンビを組んで、宗谷の河川を歩き、イトウを追いかけてきた。ふたりで夢中になって、まだ足を踏み入れたことのない森や湿原で釣りをやり、産卵行動を観察した。写真とVTR映像を撮り、本を書き、テレビ番組を作ってきた。われわれの作ったものは面白いと評判を得ているが、それはわれわれが長い期間をかけて現場を探索し、じっくり観察し、北の野生に習熟した地元のアウトドアマンであるからだ。他人の情報でポッと来て、案内されて川に入り、そのくせいろいろと講釈を垂れるような中央のフィッシャーマンとはおのずから異なる。

 私も阿部もフィールドを歩いているうちに実体験としてイトウには詳しくなった。他人の情報ではなく、自分のつかんだデータでものをいえるようになった。いま宗谷のイトウのことならわれわれが一番よく知っていると自負している。産卵期に遡上してくるイトウがいつどこに現れるか、産卵期以後はイトウはどこにいるのか、それをよく把握しているのがわれわれである。だから数多くのイトウの撮影ができ、釣ることができる。
 
 メディアには「幻の魚」と呼ばれ、環境省からは絶滅危惧種、北海道環境生活部からは絶滅危機種とのレッテルを貼られたイトウであるが、われわれがフィールドとしている宗谷のイトウはそれほど危機的な状況にはないというのが、ふたりの意見である。その根拠は、毎年見ている産卵期に遡上するイトウの成魚の数と私が釣っているイトウの数である。これらは推測した数ではなく、われわれが目で確認した実数である。宗谷はいまのところ大丈夫、しかしだからこそいまイトウを減らさないようにしなければならないとも思っている。
 
 今考えていることは、イトウの個体識別と行動の追跡ができないだろうかというテーマである。イトウに発信機を付けて、その季節ごとの行動範囲を追跡できないだろうか。つまりいま知床のヒグマでやっているようなリモートセンシングの調査研究ができないだろうか。ヒグマと比べれば、イトウの捕獲は容易であるし、イトウは川と近海にしか移動しないのだろうから、追跡もさほど困難ではないと考えている。発信機をイトウの魚体のどこに付けるのかという知識がないが、もし麻酔と外科的な操作が必要であったとしても、それは私にはできる。私は外科医で、むかしは麻酔医でもあったからだ。それに私は、元南極越冬隊員であり、越冬仲間の生物学者が昭和基地周辺でウェッデルアザラシのリモートセンシングをやっていたのを知っている。だからイトウの場合は、比較的容易にできるのではと考えている。
 
 イトウの年間をとおした行動パターンを把握できれば、保護管理計画を立てることができる。たとえばイトウの産卵期にはきっちりエリアを決めて、禁漁期・禁漁区域を定めることもできる。イトウのサンクチュアリを造るとしても、イトウがいつどこにいるのか分かっていれば、環境省・国土交通省などのお役所を納得させることもできるだろう。もちろんイトウ釣りにもたいへん役に立つが、釣り人には開示する必要はない。「魚がいまどこにいるのか」と推測することも魚釣りの楽しみのひとつなのだから、楽しみを奪ってはいけない。
 
 北海道に棲息する野生生物のうち、空の王者オオワシや陸の王者ヒグマは、目視観察ができる。だから生息実数と推計数とにそれほど大きな差はうまれないだろう。しかし川の王者イトウは、そう簡単にはその姿を確認できない。だからこそ幻の魚と呼ばれているのであろうが、イトウの保護管理にはきっちりした生態調査と生息数の把握が必須であろう。

 
いま道内のイトウのうち、8割は宗谷の河川に生息していると私は考えている。宗谷を除く23河川のイトウの成魚の数がわずか1000匹でも、宗谷に4000匹がいれば、合計5000匹となる。そういう推計の数をなんとか生息実数に近づけたいとおもっている。産卵期にイトウが遡上する各源流にカウントを担当する調査員が張り付けば、ある程度は可能な作業である。できないことはない。
A word of JHPA president