71話  酒


 イトウ釣りのオフシーズンである冬の夜長をすごすには、酒が不可欠である。私は半分仕事の酒もよく飲んでいるが、やっぱり楽しいのはイトウ談義のかたわらにグビグビとやる冷酒である。

銘柄などは、特にこだわらない。稚内のある居酒屋では新潟の緑川、あるすし屋では岐阜の超辛、さらには北海道増毛町の国稀も飲んでいる。日本酒は甘くても辛くてもいい。

いっぽう稚内にはロシアから輸入のカニだけではなく近海ものの海の幸を水揚げする漁港があり、新鮮な酒の肴にはこと欠かない。

私は酒の席でも待ち合わせの約束時間は守り、人を待たせるのは恥としている。だから釣り師仲間と飲むときも、約束時間より15分は早く来る。他人を待つことには慣れていて、べつに腹も立たない。その代わり、ひと足早く一杯やりはじめる。アルコールには弱くはないほうなので、先にやっていても、先に酔っ払ってつぶれることはない。

 イトウの会の飲み会はビールの乾杯ではじまり、順次日本酒に移行していく。飲むほどに酔うほどにピッチはあがっていく。

体質的にアルコールを受け付けない人物もいるが、一滴も飲まないのに、たのしく場を盛り上げてくれる。おまけに飲まないから、車で来て呑み助どもを送ってくれるのでこういう人は貴重だ。

毎年師走になると酒を飲む機会が多くなる。200612月では私が参加する忘年会は9回をかぞえた。そのほとんどは私にとって仕事である。もちろん大勢の人びととの飲食は嫌いではないから、それなりに楽しんでいるが、こころからリラックスできる忘年会はイトウの会忘年会だけである。

 12月下旬のこの日は、イトウの会の本拠地である「味な店ふるさと」に集まることになった。ホームページのゲストでもある稚内石岡さんも参加されることになった。それにイトウの会に所属していた川村君もホームページアクセス10万回を祝って来ることになった。いっしょに祝うメンバーが増えるのはうれしい。

 石岡さんは、手土産に千歳鶴大吟醸の瑞翔という木箱に入った高級日本酒を持参された。もちろんすぐに封を切る。

 酒の効用はみごとだ。初対面のぎこちなさが、酒によってあっという間に滑らかになる。まさに心の潤滑油の働きをする。年齢、職業、出身地の違いなどは消し飛んで、共通の趣味であるイトウ談義が高らかにはじまる。

 「写真集にあったあの場所、あそこでこのあいだ一本来たのですよ」

 「シーズン最後に最大魚78pを釣るとはみごとです」

 「ヤマベのえさ釣りもおもしろいが、イトウ釣りを知ってしまったら、とてもかないません」

石岡さんは、今季13匹のイトウを釣ったそうだ。これくらい釣り上げるともう病みつきになる。やがて80pが来て、90pが掛るようになるともう足抜けができない。私も同じような経過をたどってきたから、よく分かる。

会話はとめどなくつづき、ときどきドッと笑いが弾け、心地よく夜は更けていった。

本波幸一名人が道北に来る季節には、いちどはいっしょに居酒屋「でんすけ」で飲むことが恒例行事となった。彼は焼酎が好きなので、その席では薩摩の芋焼酎黒丸をロックでやる。

本波名人は東北人らしく寡黙なのだが、イトウ談義をさせたら雄弁だ。なにしろ無尽蔵の知識と経験があるから、つぎつぎに興味深い話題が湧き出してくる。イトウだけではなく、彼が毎年とりくんでいる大物サクラマス、アメマスの話もおもしろい。北海道のわれわれはまったく理解できない本州の川での解禁日の場所取り騒動などは、「ホント?!」と驚きながら聴くしかない。

日本最北の地・宗谷は寒冷地であり、過疎地でもある。冬の季節は約5ヶ月もあり、暗く寒く人恋しい日々がつづく。風雪にさらされると身体だけでなく心も冷えてしまう。そんなとき友と飲む酒が心身を暖めてくれる。

この冬も居酒屋にとぐろを巻き、とっておきのイトウ話を交わしながら春を待つことにしよう。