60話  アクシデントA


 ルアー釣りをやっていると、その釣り特有のけがを負うこともある。吹けば飛ぶような道具にけっこう痛い目に遭わされる。

 <フックが突き刺さる>

 フックとくに返しの付いた鋭い針が、グサッと指に突き刺さった経験は、誰もがもっていることだろう。返しの部分が、皮膚に入ってしまったら、そのまま引き抜いてはいけない。皮膚組織が、ずたずたになり、神経や血管を傷めたり、フックの先が折れ残ったりするからだ。こういう場合、病院を受診して、外科医に局所麻酔のうえ抜いてもらうのが一番なのだが、私は同業者に笑われるのが嫌で、全部自分で処理してきた。そのやり方は、ニッパでフックを把持したあと、気合もろともフックを突き通して、先端部を皮膚外に出すのだ。痛いうえ、わずかに血も出るが、耐える。フックの先が出たところで、返しを潰すか、返しを含めて切り取る。こうしてしまえば、逆に簡単に抜ける。問題は、利き手の右手に刺した場合だが、左手で同様にするしかない。抜いたあとは化膿する恐れがあるが、私は抗生剤などを飲んだことはない。

 以前、外科外来を担当していたとき、釣り人がフックを手に刺してやってきた。ところが、彼はなんと皮膚の中に入った部分を残して、残りをきれいに切断してきた。これが最悪の処置である。なぜなら、外科医は上記の抜き方ができないし、フックが皮下のどこにあるか見つけられないので、フックの位置をX線透視下でかなり苦労して取り出すことになるからだ。

 <ラインで皮膚を切る>

 ルアーを根がかりさせたり、対岸にひっかけたりしたとき、ラインを手指で引っ張って皮膚を切ったこともあるだろう。私の右手には鮮やかに一筋の傷跡が残っている。こういうときは、原則として手袋を着用すべきであるが、面倒くさくて素手で引くこともある。下手をすると、ラインがナイフのようにきれいに皮膚を裂く。しばらく圧迫して止血し、バンドエイドを貼っておけばいいのだが、それがない場合は、粘着テープで傷を寄せて貼り付ける。もちろん傷が深い場合は、あとで外科医に縫ってもらわなければならない。

 <眼を傷める>

 最近はフィッシングの際に、サングラスや偏光グラスをかけている釣り人が多い。これは正しい。眼鏡は、水中の魚を視認するのに役立つが、それ以上に眼を外傷から保護してくれるので、かけたほうがよい。対岸の木に引っかかったルアーが、引っ張った際に猛烈なスピードで眼を直撃したり、ササ原をヤブこぎしていてササの茎が眼にはいったりすることもある。眼鏡をかけていれば、べつに問題はない。かけていなければ、最悪の場合失明する。

 <イトウに咬まれる>

 イトウは頑丈なあごと、そこに二列の歯をもって、くわえた獲物を逃がさない。イトウを釣った場合、フックを外さなければならない。私は魚体を両膝のあいだにはさんで魚の動きを止める。右手にニッパを持ち、左手で口を開かせて、フックを外す。そのときに左手の親指や人差し指を咬まれる。深い傷にはならないが、やわな皮膚はズタズタになる。手袋をしていれば問題はないが、素手ではかならず傷がつく。しかし私は、その傷を勲章として他人に見せびらかして喜んでいる。もし150pのイトウにおもいきり咬まれたら、指がちぎれるかもしれない。相手が150pイトウならそんな目にあってもいいかとも思うが。

 いままで記してきたアクシデントは、大川の下流部で、他の釣り人と並んで竿を振っているかぎり、ほとんど無縁かもしれない。

私は中小河川の釣りが好きで、そこへ独りで進入するから、さまざまなアクシデントに見舞われる。はっきりいってかなり危険な釣りであるが、危険があるから緊張感が生まれておもしろいのも事実だ。

 私の釣法を真似るのはけっこうだが、それで命を落としても私の責任ではない。あくまでも自己責任でやってほしい。