毎年11月になると、私は自分の働く市立稚内病院の2階ロビーに特設の展示場をつくって
もらって、イトウ写真展を開催している。1994年からはじめた写真展は2003年で10回目を迎えた。毎回、前の一年間の特選写真を20点選んで、四つ切ワイド版で展示している。もう秋の恒例行事になって、これを楽しみに待っていてくれるお客さんもいる。地元新聞なども「圧倒の迫力」などと恥ずかしくなるような派手な見出しをつけて、ちょうちん持ちの記事を書いてくれる。ありがたいことだ。

 初期の頃の写真は釣り師・高木知敬の純然たる釣り自慢のスナップであった。大きなイトウを抱いた私が、どうだとばかり目をむいて写っているワンパターンの写真が主体だった。それは自己満足ではあったが、他人が見て楽しいものではなかったろう。

 それがすこしずつ変化し、進化しはじめたのは、写真家・阿部幹雄といっしょに川を歩き彼の撮影を見るようになってからであった。阿部は私のイトウ釣りや、宗谷の自然の移ろいをていねいに記録しつづけているが、同行する私も実はイトウや、原始の川の風景や、相棒の阿部を自分のカメラで撮りつづけている。プロとアマの写真を比較する機会が時々あるが、もちろん歴然とした違いがある。同じカメラで、同じフィルムを使い、同じ被写体を狙って、どうしてまったく異なる写真になるのか。それは、阿部に言わせると、細かい技術よりも、「まず被写体をよく観察してシャッターを切る」ということなのだ。
 
 よく観察すると、なにがポイントなのか分かる。それをどう表現するかも分かる。被写体に愛情も湧く。そこでシャッターを切る。当然、思いのこもった良質の写真が生まれるというわけだ。


 私が長年イトウ釣りをやっているのは、イトウを愛しているからである。イトウもイトウが棲む川も道北の自然の森羅万象すべてを愛しているからである。そんな愛情を写真で表現できる技術が修得できれば最高の作品になるに違いない。


 写真展では、春夏秋冬の川風景、産卵行動するイトウ、ファイトするイトウ、釣りあげたイトウ、イトウを抱いた釣り師などが登場する。


 例えば、93cmの大物イトウを抱き微笑む私が写っていると、見にきてくれたお客さんが、「これは阿部さんが撮った写真ですか」と聞かれる。これは私にとって「待ってました」と言いたいようなうれしい質問なのだ。

 「これは、もちろん自分が撮った写真ですよ。ふだんは、私はひとりで川に立って、釣りをしていますから、写真も自分で撮ります。たとえば、大物イトウが針にかかると、半端な暴れ方ではありません。必死で竿を持ちこたえ、リールを巻いて、闘うのです」

 「イトウが闘いに疲れて、水面に浮上すると、私は竿を左手に持ち替えて、それで魚をコントロールしながら、右手で写真撮影をするのです。ヒットシーンの写真はみんなそうやって撮っています」

 「イトウを陸あげするときは、カメラはいったん防水袋に収めます。イトウを手中に収め、針を外し、体長の計測を済ませると、魚体の撮影にとりかかります」

 「大物の場合は、抱っこ写真も二三枚撮ります。カメラを自分に向けて置き、セルフタイマーをセットし、ころあいを見計らって水中のイトウを抱っこして、にっこり笑ってシャッターを待つ。こんなことができるようになるまで10年かかりました」

 「カメラをいじっている間、イトウはどうしえいるって? イトウは水中にいます。逃げないように私が両膝の間に挟んでいるのです。この技を取得するまでずいぶんたくさんのイトウに逃げられました」

 「カメラも何台も水没させて、お釈迦にしました。大きい魚がかかると、興奮し慌てて、カメラに注意が行き届かないのです。ハッと気づくと、大事な一眼レフが、水中を泳いでいるという情けないことがおきます」

 最近ではイトウより川風景を撮ることが多い。この素晴らしいイトウをはぐくむ原始の川は、いつまでいまのままの姿を保つことができるのだろうか。そうおもうと、なんとしてもいまの川風景を画像として残して、将来に語り継がなければならないと気があせる。

 「よい森を育てると、よい水が生まれ、よい川が流れる」

 阿部が言うように、イトウが棲めるよい森とよい川を残すためにしなければならないことがたくさんある。

 

 

A word of JHPA president