340話 春ことしも

 

 19894月に稚内に来た私は、同年114日にはじめてイトウを釣った。ことしは、35年目ということになる。40歳の少壮で来た私は、ことし後期高齢者健康保険をもらうことになった。

 70歳をすぎたあたりから「ことしが最後の釣りになるか」と思って竿をふっているが、ことしもまたシーズンが近づくと、気持ちがたかぶる。

 いまさら巨大イトウを釣りたいとか、年間100匹を目指すとかいった野望はないが、ヒットした瞬間のドスンという重厚な手応えをまた味わってみたい。年に1回か2回でいいのだが。

そんなわけで、ナカムラ釣具店をのぞくと、広い店ではないのに、イトウ関連のルアーの品揃えが圧倒的である。天井から展示板にぎっしりとルアーがぶら下がっているが、それだけでは済まないで、通路にもぶら下がり、まっすぐには歩けないほどである。「最近、ルアーのロストが多くて、ナカムラさんを儲けさせるばかりだよ」というと、店長が「いつもありがとうございます」とニヤリ笑う。30年分のイトウ釣り用ルアーの代価はいったいいくらになっているのか。

 釣りの前に、毎年イトウの産卵観察という楽しい行動がある。ことしも横浜、札幌、旭川、稚内の釣り友たちがやってきた。へんぴな小河川のわきなのに、行くと誰かの車が停まっている。ことしは、4月初めには例年以上に残雪があったのに、5月なみの気温の日がつづくとすっかり解けてしまった。

川は雪解け増水で、泥濁りして、イトウの姿なんかまったく見えないが、落差のある流倒木や人工物がつくる小滝を、いきなり真っ赤な婚姻色に染まったオスが突然に跳躍して越えていく。そんな瞬間をカメラで捉えようと観察者は待ち構える。できればイトウに飛び越えをなんども失敗して、再挑戦してほしい。そうおもって待っている。ところが、歳をとって反射神経が鈍くなっている私には、濁流を割って飛び出すイトウを視認して、シャッターを押すまでの時間がかかりすぎて、イトウが空中を跳んでいる写真を撮ることができない。ジャンプの前の助走時にシャッターを押せば撮れるのだが、水中の助走なんて見えるわけがない。なんども悔しい思いをした。

いっぽう川の透明度がよくなると、オスメスがペアになって一生懸命産卵床を掘る様子は、十分に撮影チャンスがある。後方で産卵をうながす赤いオスと、剣のように体を横倒しにして掘る銀色のメスの対比が素晴らしい。カメラの偏光フィルターと連射機能を駆使して撮影する。

イトウが酷暑のために大量死した2021年の前と後では遡上産卵するイトウの数がまるで違う。以前は産卵ピーク時になると、あっちでもこっちでもペアが産卵行動をしていたが、いまではさんざん歩いてやっとペアを発見する。暑すぎる夏が来ないことを祈るばかりだ。

 春の楽しみはほかにもたくさんある。渡り鳥の北上、野草の開花、山菜取りなどである。釣り友はみなギョウジャニンニクを好む。それぞれお気に入りの群落を知っていて、それを集めて廻る。私には、ひそかなネギ畑があって、毎日のように収穫に行く。茎の太い一級品、茎の細い二級品など畑によって品質が異なるのも採取の醍醐味である。

 春がことしも来た。あと何回楽しむことができるか分からないが、春を満喫したい。