332話 イトウ兄弟 

 

 6月に入ったばかりの週末土曜日の早朝、私は小さな遠征をして中河川へ出かけた。とあるポイントへ行くと、すでに先客がいた。転進しようとしたが、その先客が釣り仲間Fであることに気づいた。やあしばらくと握手して、釣果などを話したあと、私は移動した。

人工物のある区間をやって、小滝下で1匹ばらした。車に戻るとFからLINEが届いていた。「自作ルアーで反応なく、ソフトルアーのジグヘッドを泳がせたら一発でした」

なんといきなり81㎝をワームで釣ったという。臨機応変に対処するのはさすがだ。さぞかし気分は痛快だったろう。

 私は、回廊からテトラへと動き、テトラでやっと43㎝を出すことができた。しかしその後深い渕をやって、まったく魚信がなかった。この日はここまでで、稚内へ引き上げた。一方Fは好調で、さらに3匹を釣ったと伝えてきた。

翌日曜日、私は昨日81㎝が出たポイントにやってきた。幸い先客はいない。底深い渕は、笹濁りで静かに流れていた。レンジバイブで、丁寧に探ったところ、渕の上流側のブッシュの陰で、ズンと重々しくヒットした。これでもくらえと追い合わせをくれて、確実に竿に乗せた。細身の中竿がグイグイ曲り、魚はでんぐり返り、深く潜り、頭を振って暴れた。ドラグは締めていたが、ライン切れが心配なので、少し緩めた。ラインは出されない。ひらりひらりと燕返しで竿を操り、魚を疲れさせ、浮上させた。良型だ。じわじわ寄せて、背中に背負っていたタモに流し込んだ。体長81㎝・5.5㎏の優しい顔をしたたぶんメスであった。

巨大イトウが姿を消した2021年夏の猛暑以降、80㎝台でも立派な大物である。たいへん喜んだのだが、ふと昨日のF81㎝と同一個体ではないかと疑った。なにしろ同じ場所で、同じサイズなのだ。

そこで、FLINEで写真を送り、彼の釣った81㎝と比較してもらった。返信が来た。

「僕が釣ったのは816.0㎏のオスで胴体の黒点はほとんど無かったです。写真で見る限りではこの子はメスですね。魚体が綺麗です」添えられた写真を見ると、彼の81㎝は頭部に黒点が集まって、胴体に少ない。顔つきもいかつい。比較すると、私の81㎝はメスらしい優しい顔をしている。これではっきりした。Fと私が釣ったイトウは、同一個体ではなく、われわれが「イトウ兄弟」になることはなかった。

 釣り仲間とLINEでやりとりするのは楽しい。相手がつぎつぎに釣りまくり、自分が不発のままだと悔しいが、それはそれで刺激になる。なかでも興味深いのは、同じ魚を釣ることである。むかし同じ水系で、私が目撃した90㎝クラスを、内地から来たUが釣った。その後、おなじ魚をFが釣った。LINEの写真を突き合わせて、黒点が合致した。サイズと、釣り場が同じだった。これは間違いない。UFは「イトウ兄弟」となった。

 じつは野生のイトウとはいえ、なんども釣り人に釣りあげられ、再放流されている。おかげで、イトウの数は保たれてきた。キャッチ&リリースが有効なのは明らかだ。したがって、知らぬ同士が「イトウ兄弟」になっているケースは多々ある。