282話 産卵行動にわくわく 

 

 2018年も春になった。今年の冬は積雪量が多かったが、4月に入って急速に雪解けが進んだ。4月も下旬ともなると、イトウの遡上と産卵がいつ始まってもおかしくない。

 420日、心ウキウキしながら、車を走らせ、いつもの川に着いた。林道にはすでに雪がない。川の水量はまだ多く、濁りもあって川床が見られない。いつものルートで上流から下流へと歩きながら赤いイトウの遡上を探したが、見つけることができなかった。

 翌421日、早朝に車を走らせ、現場に到着した。上流部分を探索して、下流方面に歩いてくると、長靴姿の若者がいた。はじめてイトウの産卵観察に来たという。川の屈曲部でペアの産卵行動が行われていて、時おり赤いイトウが浮上したり、白いイトウがヒラヒラと掘り行動をするのが認められるが、強い濁りで、寄り添うペアを見ることができない。残念ながら、その川は写真にはならなかった。

 そこで別の川に移動することにした。そこは、支流のまた支流である。雪解け時期でなければ、ほとんど涸れ沢である。だがこの時期だけは、イトウが遡上するに十分な水量があり、蛇行部分も多く、産卵床の確認もできるのだ。先ほどの若者を連れて、この支流沿いに残雪を歩くと、なんと彼が倒れ掛かった木の真下にイトウを発見した。見ると、100㎝♂と100㎝♀の立派なペアである。幸運なことに倒れ掛かる木は十分に太く、その上に乗ると、木の股の間から真下に大魚の姿を捉えることができる。

産卵期のイトウは、左右前方には警戒心をもっているが、後方にはやや無警戒であり、真上にはほとんど警戒心がない。したがって、真上から観察し、撮影することは容易だ。しかし、真上から見る機会などそうあるものではない。橋の上から、あるいは、今回のような木の上くらいしかない。

 真っ赤なオスは、半身ほど前方のメスの右へ行ったり左へ行ったりしながら、産卵をうながしている。5分に一度ほどメスがひらひらと尾びれで掘り行動を見せるが、この調子では、産卵放精はまだまだ先のことであろう。

しばらく見ていると、下流から別のオスが登場して、産卵行動のオスとのバトルとなった。観察者の待ち望んだシーンだ。メスを置いてけぼりにして、オス同士がやりあったが、簡単に決着して、以前からのオスが勝利した。観察者はわくわくドキドキである。

 しかし、ペアは真上の観察者に気付いたのか、やる気をなくしたか、産卵床をスーッと離れ、対岸近くでうろうろした挙句、カバーの下に隠れてしまった。こうなると簡単には出てこない。

 私は、この川を離れ、車に戻った。撮影したシーンをチェックし、数枚はいいショットがあることに安心した。

 まだイトウ産卵がはじまって間もなくだが、これを見たくてうずうずしている愛好者がたくさんいる。そこで、写真をカメラからスマホに転送して、LINEで情報を送り付けることにした。いつでも見に行ける地元民の特権である。反応は素早く、「早くいきたい」とか「ゴールデンウイークまで産卵行動がもつだろうか」とか言ってくる。心配無用だ。川はたくさんあり、イトウはいっぺんに産卵するわけではない。私には、10年以上も前に、写真家といっしょに宗谷全域を歩き回った「財産」があり、いざとなれば、転進できる川をいくつも知っている。

 こうしてことしもイトウとのおつきあいが始まった。