28話  シーズンを迎える


  イトウ釣りを丸16年やって、ことし17年目のシーズンを迎える。毎年毎年やっているのに、春になるとうきうきわくわくする。ゴールデンウィークまではイトウ産卵観察をやり、産卵がピークを過ぎると、釣り師に変身する。釣りを開始するのは5月上旬である。本州ではもう桜花も散っているが、日本列島サクラ前線終着駅の宗谷では、まだ花は開いていない。ときには雪が降る。天気が不安定で季節が行ったり来たりする。川の雪代増水がなかなか引かないので、やきもきする。

  シーズン当初はイトウがなかなか釣れない。増水のせいで川のどこにいるのか分からない。だいたいは産卵を終えたイトウは、源流から一気に河口部か海まで下ってしまうので、下流部で待つのが無難である。しかしそれでは面白くない。中流部の淵と瀬のある変化に富んだわたし好みの場所でイトウとあいまみえるのが釣りの醍醐味なのである。

  毎年のことであるが、ことしはあの川のあの流域を探ってみようとか、あの沼に行ってみようとか計画をたてる。長年宗谷でイトウを追いかけていても、まだ足を踏み入れたことのない釣り場はいくらでもある。地図から推測すると絶対にいるとおもわれるが、到達するのがひどく困難なところもある。それをすこしずつ開拓していくのが楽しみである。どうせ一生かかっても、すべてを開拓することなんかできないのである。私のイトウ釣りでは5月にある程度の数をそろえて、6月の大爆発を待つのが例年パターンである。ある程度の数というとだいたい10匹である。二桁にすると釣り師は安心する。なかなか釣れない5月は、週末だけではなく、平日の朝夕にも釣りをやることがある。眠たいとか疲れたとかいってはいられない。宗谷は北国なので、5月ともなると、3時台にはもう薄明から明るくなってくるし、夜の帳が下りるのは20時である。仕事の前後に竿をひと振りふた振りする時間は十分ある。朝飯前夕飯前のイトウ1匹である。

  例年シーズン当初には、釣り師仲間で巨大魚話が降って沸く。130pだとか150pだとかいう夢のような数字が飛び交う。しかし妙なことに、巨大魚にかぎっていつも客観的なデータや写真がない。釣り師たるもの生涯に一度あるかないかの巨大魚を釣り上げたとき、写真の一枚も撮らないだろうか。写真を公開できない理由があるのだろうか。はっきり言って、昔ならともかく現代では写真のない巨大魚話は信用できかねる。写真も撮っていない大物のことは黙って胸の中にしまうのがよい。口はものを言うが、真実を語るとはかぎらない。

  イトウ釣りのシーズンが最盛期に熟したところで登場するのが本波幸一名人である。彼はまだ八戸でロッド製作に明け暮れているが、彼の釣り心をくすぐるように、私が宗谷の川の状況を刻一刻とメールで伝える。きっと期待にうずうずして睡眠不足になっているにちがいない。彼が宗谷にやってきたら、まずは釣り場で、竿を振ってから、居酒屋で積もる話をしようとおもう。チライさんは私とほぼ同時に釣り師として始動している。彼の行動パターンが私と似ているためか、一日に何度かニアミスを起こしたり、ばったり会ったりする。情報交換にはたいへんよろしい。フィールドで彼の人なつっこい笑顔を見ると、疲れも吹っ飛んでしまう。ことしの最大の目標は、写真家・阿部幹雄の前でメーターオーバーを釣り上げることである。それは6月初旬がいちばん可能性が高いとみている。場所もだいたい決めてある。一日のうちでいつそいつが来るかも想像がつく。その日釣り師は、完璧なタックルを準備して、心身ともに洗い清めて登場するから、写真家もそのつもりで覚悟して待っていてもらいたい。

  さて2005年のシーズンはどんなイトウとの出会いが待っているのだろうか。大きさも数も魅力である。私は大物だけを釣り分ける能力はないから、大物を釣るためには数を釣らなければならない。

100匹、100p」

  とりあえず、ことしもこの目標でいこう。去年は年末までがんばって「99匹、100p」とあと一歩及ばなかったからだ。