269話 でんすけの宴  


 11月最初の土曜日、久しぶりにでんすけで飲み会をした。集まったのは本波幸一プロ、チライさんと私の3人。3人ともイトウ釣りには熱い想いがあり、長年やってきたので当然実績もある。

 ビールで再会を祝って乾杯した。さっそく本波さんから前日の巨大魚話が飛び出す。撮影チームとチライさんがいた北西風の強い現場で、ドカンと来た。岸辺近くを回遊していた奴が食いついたのだ。本波ロッド972がひん曲がった。竿に掛かった重圧は、半端ではない。しかしさすがにプロの眼は鋭く、トリプルフックの1本だけがイトウの上顎に掛かっていることを確認していた。カメラを手にファイトを見ていたチライさんは、「頭から背びれまででも70センチくらいあった」と語った。すると体長は130を超えていただろう。ヒットから7分、ようやく岸際に寄せてきて、その大きさに一同息を呑んだ瞬間、フックがボロッと外れて、イトウは悠々と大河の深みに消えた。百戦錬磨の本波さんも、足が震え、心臓が高鳴ったという。

 3人の中で唯一現場に居なかった私は、言った。「ファイトの一部始終はテレビカメラに収まっているだろうから、それは見ごたえのあるシーンになるはずです。釣り師は捕れなかったのは悔しいけれど、番組としてはハッピーエンドよりも、明確な課題というか目標を残したほうが面白い。最高のエンディングになるのではないか」と。無責任なコメントである。自分が当事者ならこんなことは言えない。番組は年内には放映されるだろうから、大変楽しみだ。録画して完全保存版として残そう。

それから、何人かの釣りのプロの釣り番組に話は移った。口も達者だけれど、手もよく動いて非常にうまいルアーマン、講釈ばかり多くてちっとも魚を釣って見せてくれないバスプロの話を私が持ち出した。撮影隊が付くと、釣りはふだんよりはるかに難しくなる。「釣らなければならない」というプレッシャーからだ。それを知っている私は言った。

「本波さんは、カメラが回っているほうがよく釣るよね」

これは本心である。むかしから、本波さんは大事なときによく釣るし、大きいのを掛ける。大荒れの川で112を釣ったときも、カメラマンの阿部幹雄が到着して5分後に待ってましたとばかりにヒットしたし、モンゴルに遠征したときも短かい釣期の間にタイメンの100を出した。本番にまことに強い。重圧を味方にして釣果に転化する。耐久力と集中力がずば抜けている。まさに南部の寒立馬の面目躍如である。

本波さんと初めて会ったのもでんすけであった。12年も前のことだ。その時彼はまだプロではなかった。友人をひとり伴って、道北一円でイトウ釣りをしていると言った。すでに大物釣り師の名は釣り雑誌などで轟いていた。それから数日後にいっしょに釣りをした。幸運に恵まれてその日は私がイトウを2匹釣った。本波さんより早く釣った唯一の釣行であった。その後は、彼が道北に来るたびにいっしょに釣りをする機会を作った。いつも彼がイトウを釣り、私がカメラマンを務めた。竿は本波ロッド972、ラインはバリバスの20lb、ルアーはマキリとおなじタックルで、ふたりは50メートルほど離れてキャストしつづけたが、なぜかイトウは彼に掛かるのであった。それはプロとアマの実力差といえば簡単だが、釣技のなにが違うのか分からなかった。彼がなにか特別の操作をしているわけでもなかった。違いは、彼の飛距離が長く、リーリングがゆっくりだったことだ。

ことし彼の住む岩手県久慈市は水害にやられ、大きな被害をうけた。彼の家は高台にあるので大丈夫だったが、おそるべき雨だったそうだ。私の住む稚内市も大雨に見舞われ街は水浸しになって、避難勧告がでた。自然災害はこれからも発生するだろうが、川のイトウが縁で親しくお付き合いできる楽しみが、これからも続けばいいねというところでお開きとなった。