267話 久しぶりのメーター魚  


 毎朝イトウの会ホームリバーに立っていたが、6月に入って喰いが渋くなった。そろそろこの川の春の釣期も終わりかと思い始めていた。

 ヨシに囲まれた釣り座から、上流方向と下流方向に交互に機械的にキャストを繰り返していた。川の流れがほとんど停滞していた。餌の小魚も確認できない。「釣れないな」と口走った。

下流方向に20mほどバイブレーションルアーを投げ、ユーラリユーラリと引いた。魚がヒットする気配がまるでなかった。そろそろ小河川へ転進するかと思いはじめた。投げたルアーが手元まで帰ってピックアップの動作にかかったその時だ。水面に一瞬巨大な頭が見えたのと、ドバーッと水柱が立ったのがほぼ同時だった。穂先から1メートルほどの至近距離でイトウが頭を振っているので、大急ぎでベールを立てラインをフリーにして送り出し、素早く戻した。これで穂先と魚の距離は3メートルほどになった。

イトウはザンブザンブと10回ほど頭を振り、ルアーを振り払おうとするが、がっちりフックが刺さっているらしく、外れない。25lbのラインは頼もしく、強い衝撃にもビクともしない。「これは捕れる」と信じた。

ドタンバタンと目の前で派手に展開される縦横無尽のファイトをしばらくは耐えることに専念した。ドラグはきつく締めているので、ほとんどラインは出ない。その代り11ft.の竿が大きく揺れて衝撃を吸収している。

ヒットして1分経つと、イトウが水面に浮いた。まだ余力を残しているかのように、沖へ走ろうとするが、強引に引き戻す。イトウがヨシの根元に突入し、ラインがヨシに絡みかけると、竿であおって水際から遠ざける。こういう時に長い竿が有効だ。ヒット後3分でイトウのパワーが衰え、ほぼ水面でコントロールできるようになった。  「さあタモ入れするか」。タモは買ったばかりの振り出し柄だが、すでにめいっぱい伸ばしてある。イトウを寄せてくるが、1度目は逃げられた。2度目はタモの縁に衝突して、網に入らなかった。3度目、満を持して沈めたタモ網の直上にイトウを保持し、気合を入れてすくった。「入った!」。

タモ網の中でまた大暴れするので、タモの縁を両手で支えて、イトウが飛び出さないように注意した。イトウは命がけなので必死だが、釣り師もせっかく釣った大物の扱いで必死だ。

恐る恐る体長を測る。タモの中のイトウは、明らかにタモの直径80㎝をかなり超えていて、期待が高まる。ざっと測ってメーターは超えている。もう一度ゼロ点を下顎に固定し、巻き尺をのばしていくと、尾びれの先で105㎝である。やった!自己記録更新だ。次に体重測定だ。タモ網ごとバネ秤のフックにかけると、魚は当然暴れて、目盛りが上下するが、安定した瞬間を見ると、11.5kgである。風袋を引くと11.0kgとなる。これも自己新記録だ。

写真撮影にかかる。頭部、全身を撮る。このあと普段はやらないことをした。200mほど下流で釣りをしている大村に電話したのだ。あとは、彼の到着を待って、写真を撮ってもらえばよい。大物を釣った興奮で頭が呆けていた。

ふと気づくとイトウが半分くらいタモ網の外にいた。「やばい」覆いかぶさるように、捕まえにかかったが、時すでに遅く、イトウは滑るように水中に姿を消した。慌てて私も水中に入ったが、すでに魚は去ったあとであった。

私はいつも単独釣行だから、抱っこ写真でもその他の写真でも独りでやる自信があった。それが自己新の大物のイトウに限って、ふだんやらないことをして失敗した。人生とはそういうものだ。残念だが、さらに大きいイトウを釣ったどきにはこの経験をバネにして、へまはするまい。