261話  春を迎える気持ち


 日本は3千キロにも及ぶ南北に長い列島である。気候も亜熱帯から亜寒帯におよび、常夏の土地がある一方で、極北に近い土地もある。北緯45度以北の宗谷などはまさに後者である。

 日本は四季の変化に恵まれた国ではあるが、暦通りに季節が春夏秋冬の3か月ずつあるとおもうのは東京あたりの人びとの感覚で、北国宗谷では一年の半分すなわち11月から4月までの半年は冬といってよい。この半年間には実際に雪が降り、車は冬タイヤでないと危なくて走ることができない。

 北国に住んだ経験のある人は分かると思うが、冬の半年はいかにも長い。初雪だ、クリスマスだ、正月だとうかれている11月から1月の冬前半はまだいいが、雪と強風に悩まされる2月から4月の冬後半はかなりうんざりする。毎週のように暴風雪が吹き荒れ、いったい春はいつくるのかと空を見上げて嘆息するのである。

 この冬、テレビのBSプレミアムで放映された英国ドラマ「刑事フォイル」では、フォイル警視正がたまの休暇をフライフィッシングですごしていた。時代は第二次世界大戦中で、舞台のヘイスティングスは戦時下にあり、ドイツ軍の空襲に見舞われていたのにもかかわらずである。川は道内にあるような中小河川で、きれいなブラウンマスが掛った。

 3月の声を聴くと、さすがに風雪も珍しくなり、空の青さと残雪の白がまばゆい光のなかで鮮やかなコントラストを見せる。日の出の時刻がおどろくほど早まって、毎日早起きの私ですら、ランニングをすませるころの街の明るさにたじろぐのだ。

 このころ書店に並んでいる釣り雑誌は、サクラマス釣り一色で、解禁になる本州の名川と有名プロが竿をふる派手なグラビア写真が満載だ。北海道の河川では禁断の外道であり、私も正直閉口しているが、本州では銀鱗踊るサクラマスがいかに愛されているかが納得できる。

3月とりあえず釣行の予定はなくても、私は四輪駆動車に竿、リール、ネット、ウエアなどをひとつひとつ確かめながら搭載し、いつでも釣るぞという意欲をみせる。用がないのに釣具店に足を運び、店主と釣りばなしに興じたり、ルアーを吟味したりして時間をすごすことも多い。

晴れて穏やかな早春の休日は、ドライブにでかける。路面がおおよそ乾いて、運転がラクだ。イトウが棲む川を順繰りに偵察して解氷状況などを確かめる。まだほとんど結氷した上に雪が積もって雪原となっているが、黒々と開水面が現れているところもありうれしくなる。

2015年は春の雪解け増水が早くに収束してしまい、イトウの産卵遡上のころには、すでに減水していた。それでもイトウは本能に駆り立てられ、落差工を跳び越え、腹を川床にこすりながら、産卵場所に遡上した。しかし、ちょっと遡上が遅れたイトウは、目的地に達することができず、満足な産卵はできなかったはずだ。おそらく2015年生まれの稚魚は例年より数が少なかったにちがいない。

「ことしの雪解け増水は十分な水量をもたらしてくれるだろうか」

2016年のいまはそれを心配している。