26話  釣りと食事


 

 最近、アウトドアで流行っているものに、鉄なべ料理があるそうだ。釣り仲間とフィッシングの合間に鉄なべで時間をかけて料理をこしらえ、アフターの時間を野趣に富んだ本格料理と洋酒と焚き火などで優雅にすごすというものだ。

 「そんな余裕のあるフィッシングライフができたらいいなあ」

と思う。しかし、自分はそういうことができないとわかっている。釣りの合間に食べる食料は、いつも決まったコンビニ弁当でガツガツゴクゴクとあっという間に胃に収めてしまう。私はコーヒーが好きだが、野山でわざわざ湯を沸かし、フィルターでコーヒーを落とし、じっくりマグカップで味わうことはない。コーヒーは家で作って、テルモスに入れてもっていく。もちろんフィールドにまで持参するわけではなく、車の中で飲むだけだ。

 だいたい私はキャンプ生活というものがあまり好きではない。キャンプするくらいなら、森や湿原を抜けでて、車を飛ばして家に帰り、シャワー浴びたあと、夜は居酒屋でいっぱいやりたい。そういうタイプのアウトドアマンなのである。一度も行ったことはないが、シベリアのツアーなどで、日長フィッシングを楽しみ、キャンプ地に帰ると金髪碧眼のナターシャがアツアツの豪勢な食事とウオッカを用意して待っているなんて最高だなあと思う。しかし、私はキャンプなどアウトドアライフの素人かというと、けっしてそうではない。

  30年以上昔の学生時代には登山をやっていた。夏の沢登りなどは、米と味噌だけの食料を持って行動し、おかずはイワナと山菜を現地調達するという貧しくも効率的な山行も経験した。当時イワナは大雪山や日高山脈の源流ではまさに入れ食いであったし、釣魚は塩焼き、ムニエル、刺身などどうにでも調理できた。これぞ現代のマタギだと悦に入った。しかしいちど雨が降ると、川がにごって増水し、魚が釣れない。そんなときは、おかずのない味噌雑炊だけをさびしくすするはめになった。

  南極観測隊では調査旅行によくでかけた。1カ月連続してキャンプ生活をやったりもした。そういう時はたいてい越冬隊長から食料担当係を仰せつかって、メニュー作成からレーション梱包つくり、さらには実際の調理までやっていた。南極観測隊の野外料理は、優雅にのんびりやるものではない。極寒の中でできるだけ短時間に、労少なく作ることができ、しかも飽きさせないバリエーションと十分なカロリーのある食事を提供することに心をくだいたものだ。料理は昭和基地でプロのコックさんに決まったメニューを作ってもらい、それを計量してパックに詰め、冷凍して持っていく。たとえば、ビーフシチュウ、ブタ汁、トンカツ、カレーなどの調理済みを仕分けして、何人の何日分かの梱包を作ってしまう。大きな野外プロジェクトになると、1000人日分の食料というのもあった。これは、ひとりの隊員が一日で食う量を、1000個用意するという意味だ。10人ならば100日分となる。南極ではずっとこんなことをやっていたから、アウトドアでの食事の専門家といってもいい。その私がいまはコンビニ弁当に甘んじている。なぜか。それは優雅に野外料理を楽しんでいる時間があれば、すこしでも竿をふりたいからである。食事などは、家に帰ってからゆっくり食べればよいのだ。

  本波幸一名人もまったく同じ考えで、彼などは、声をかけないでいると昼飯も食べないで、ぶっ通しで8時間くらいはキャスティングをつづける勢いだ。それでもいつかは、鉄なべ料理と洋酒と焚き火のキャンプ生活をやっているかもしれない。そのうえスケッチ帳とハーモニカがあれば、絵に描いたようにアウトドアライフは完璧だ。そのころは、もう定職をリタイアしているだろうし、もしかすると釣りが本職になっているかもしれない。否、プロの釣り師になってしまったら、もっと必死で釣らなければならないから、やっぱりコンビニ弁当だろうか。