254話  動かぬ釣り


20155月は川岸の一点に釣り座を構えて、毎朝2時間ほどじっと動かない釣りをした。それは、4月のふくらはぎ肉離れのため、以前のようには移動釣りができなかったからだ。

 ことしは雪解け増水があっけなく収束した。イトウ産卵も上流域の減水のためなかなか本来の場所で行うことができなかったとみている。そのため、産卵後のイトウの荒食いは、例年より早くはじまった。イトウの会の仲間たちが、川のどこでボイルがあったとか、誰それが釣ったとかいった情報を即座に届けてくれるので、イトウ釣りのテンションはいやでも高まっていく。

 私は59日にホームリバーの岸に立った。岸辺を吟味しながら歩いて、「定点」を決めた。ヨシ原わきの浅場だ。上流下流ともめいっぱい投げ、ゆっくり探ることができる。過去の実績もある。

 朝4時ころには川に立ち、2時間動かずにひたすらルアーをキャストしては、リールを巻く。イトウが一度でもそこを通過すれば、ルアーと遭遇することになる。その間に起こるあらゆることに注意を傾けるなら、なにかイトウのサインを得るにちがいない。

 以前は定点釣りが退屈で苦手だった。ところがキャスティングをつづけながら、目を見開き、耳を傾けていると、宗谷の自然はさまざまなことを語りかけていることに気が付いた。イトウの作るボイル、ライズリングはもちろん、水中の泥煙、小魚の動きもおおきな参考になる。浅場に立つサギ、川の上を旋回するトビ、川面に浮かんで潜水するカワウも重要な情報を発信している。生物だけではなく、気象条件も影響がある。陽光が川面を照らせば、小魚が騒ぎはじめ、風が波をたてれば、水中から釣り人は見えなくなる。東風と南西風とでは、川の濁りかたが違う。

 早朝の道路には、毎日おなじ人が自転車で通過し、犬の散歩をする人、ジョギングする人がおなじ速度で往来する。毎日おなじ車が同じ方向から、通りかかる。イトウも同じだ。ライズやボイルがなくても、かならず朝の餌探しに決まったコースをたどる、しかもほぼ決まった時刻に。

 以前、大河の岸辺に朝から夕まで立ちつづけていた本波幸一さんは言っていた。

「新しい釣り場では、すくなくとも1週間は長い時間帯で釣りをします。そうしているうちにイトウがいつここを回遊するのか分かってくるのです」。

私も彼の言葉の意味がやっと解ってきた。残念ながら私には一日を釣り通す時間も体力もないが、朝の2時間でも十分に規則性が理解できるのだ。 

 私はこの春、ホームリバーで7匹のイトウを釣った。86916998857572㎝だ。バイトも加えると9回の遭遇があった。それらは、350分から530分までの間にヒットした。いずれも同じ釣り座か近辺である。しかも7回が下流からアップに引いた場合で、2回が上流からダウンに引いた場合であり、圧倒的に逆引きが有効であった。ヒットするのは、いずれもルアーをピックアップする直前であった。もともとイトウがその近辺にいたのか、それとも追いかけてきたルアーが急に上昇したので、慌てて食いついたのかは分からない。川の水はクリアではないが、いちど潜って水中の構造を探ってみたいくらいだ。

 私はふだん中小河川を川中に立ちこんで釣っている。この移動釣りでは、ポイントに振り込むのは1回か2回だ。それでヒットしなければそこにはイトウはいないか、食い気がない。しかしそれ以上の大きさの川では、動かぬ釣りのほうが有効だとおもう。この春それに気が付いた。