253話  仰天の巨大魚


61週目の夕暮れどき高規格道路を軽快に飛ばしていると、携帯が鳴った。「105㎝です。13.6kgあります」トラコさんの興奮して上ずった声だ。

「分かった。撮影に駆けつける。30分ほどで着くから、それまで活かしておいて」

トラコさんは、グリップを持っているから、それで釣魚を弱らせずに水中に泳がしておくことができる。

現場に到着すると、彼は川の中に腰まで浸かって立っていた。イトウはグリップを下顎にかまされ、水中で彼に抱きかかえられておとなしい。鰓ぶたが大きく開いて、ゆっくりと呼吸をしていた。

「でかい!太い!」産卵活動直後の個体であろうに、荒食いで腹はパンパンに膨れ、まるまると肥っていた。このため頭部が小さく見える。下顎がまくれ上がっていかつく怖い顔をしている。尾びれが団扇のようだ。薄く婚姻色が残るオスとみた。

「なんと1投目でした。うなぎのソフトルアーがどんな泳ぎをするのか確かめようとして、そこにチャポンと落とし、リールを巻くというより、竿を横に曳いてきたら、脇から突然こいつが飛び出してきて、ガバッと食いついたのです」

「こいつのパワーは半端じゃありません。なんども強力に引き込まれて、ドラグが鳴り、ラインブレークするんじゃないかと、気が気ではありませんでした」

「さあ写そう」私は彼のカメラを手にし、ごく自然に、撮影をはじめた。彼のカメラも私と同じオリンパス製なので、不自由なく操作し、軽快にシャッターを切ることができる。イトウが暴れる気配がないので、グリップを外してもらった。闘いに疲れて、もう瞬発的に動くことはない。イトウをいたわりながら、時間をかけて、さまざまなショットを撮影し、最後にリリースシーンを撮った。イトウは「やれやれと参ったな」といった感じでゆっくりと深みに消えた。

 確かに撮影し甲斐のある魚体だった。私がいつも釣りをしている川にこんなモンスターがいるとは、宗谷の川の底力に驚いてしまう。

 トラコさんは、以前は年に10回も宗谷に遠征にきていた。しかし仕事の責任者として、簡単に休めなくなったので、年に3回ここぞというときを選んで来ることになった。今回も34日で、最終便で飛び、千歳でレンタカーを借り睡眠も惜しんでやってきた。

もう10年も宗谷のイトウ釣りに親しんで十分に実績も上げているから、釣り場や道具や技術についてあれこれアドバイスすることはない。逆に最新の釣法を教えてもらっている。ただことしの傾向と対策は教えて短期間に効率よく釣れるように情報を伝えた。彼は「今回の目標は、イトウ10匹、最大90㎝とします」と明言していた。その最大魚がなんと初日に劇的に出て、しかも巨大魚だったのだ。彼は大魚だけではなく、数釣りも得意で川の増水時には、驚くような量産をする。今回も雨後の中河川であっというまに50㎝級をそろえて、合計12匹も釣りまくった。まるで20年前の私の行動力で、疲れを知らない年齢の違いを見せつけた。私も数釣りには相当の自信をもっているが、トラコさんが宗谷に住んでいたら、私の倍を釣るだろうと密かに恐れている。