231話  渇水と増水の夏


 2013年の7月はほとんど雨が降らなかった。宗谷では例年夏は晴れる日がほとんどで、雨は少ないが、ことしは徹底していた。イトウ釣りのシーズンというより、ずっとイトウを追いつづけている私にとって、川の水が減るのは、致命的であった。オホーツク海に注ぐ川は、水源に豊かな森林が控えているので、保水能力がある。いっぽう日本海側の河川はそうはゆかない。源流の森林は伐採で乏しく、上中流には牧草地や放牧地が広がる。保水能力に乏しいので、大雨が降ると一挙に濁流になり、雨が降らないと渇水になる。

 川魚にとって水のあるところが宇宙のすべてである。渇水になると、宇宙が縮小する。イトウの成魚のように大きな魚は、小さな宇宙で暮らすことができない。

 7月の川を歩いて、以前渕だった場所がちゃら瀬となり、瀬だった場所が川原になっているのを見て悲しかった。水位が低いと遡行しやすいのはいいが、自分の大場所が消滅していると、がっかりして精神的疲労は大きかった。

 渇水になると、太陽が出ると水温の上昇も激しい。私のイトウのデータでは、水温20℃台ならふつうに釣れ、23℃台ならばまだ釣れる可能性があるが、24℃を超えてイトウが釣れたことはない。おそらくこの水温では、摂食行動は取ることができないのだ。

 ところが8月のお盆のころになると、急に雨が降り始めた。乾いた大地が雨で急速に潤っていくのはいいが、源流部の保水能力に欠ける私のホームリバーには、一気に雨が流れこんで大増水となった。いったん水位が上がってしまうと、数日間晴天がつづいても、なかなか水位が低下しないで、つぎの降雨でまたもとの水位にもどってしまう。いわば秋の川に変貌してしまうのだ。

 釣り師は、渇水になるとそこそこ水のある下流へ移動し、増水になると上流で竿をふるのは常識だ。でもそこにイトウがいるとはかぎらない。私は増水ならまだ対処できるデータをもっている。しかし渇水はお手上げだ。いつもの川をどんどん下って行けるとはかぎらない。

 データとは不思議なものであるが、毎年おなじ現象が起こる。増水時、川を遡上する大魚がたまる上流のポイントと、中型魚が突然現れる下流のポイントを知っている。ふたつの場所にどんな関連があるのか説明できないのだが、川と魚のサイズが逆の現象なのだ。

その日、まず上流の大物ポイントに参上し、3投目に足元でいきなり大魚が食いついて、ジャーとドラグを鳴らして下流へ走ったが、10mほどの疾走で、フッと軽くなった。フックアウトしたのだ。くやしいけれどもう1匹いる見込みはなかったので、あっさりとこの場をあきらめた。

すぐに車にもどって、下流の大場所に移動した。幸い先客はいない。川はふだんほとんど流れを感じないほどの流速なのだが、その日はところどころ渦を巻きながら、濁り水がほとばしっていた。こういう時がいいのだ。しかも肝心の釣り座は1ヶ所で、岸よりの底を這わせる。Tiguris20gを沈めて、ゆーらりゆーらり曳いてくると、ピックアップ寸前にガツンと食いついた。

釣り師としては、安定した平常水位がいちばんありがたい。しかし天気が思うようにコントロールできないのであれば、渇水でも増水でも適応できる知識をもちたい。渇水は苦戦必至であるが、増水はチャンスでもある。チライさんは、増水時にかぎってメーターイトウが溜まるという場所をいくつか知っていて、実際に実績をあげている。それは、増水時にもあちこち探ってきたから知りえたことだ。私も彼を見習いたい。