226話  パンク


 5月も第3週末を迎えた。宗谷ではまだ低温がつづき、最低気温は氷点に近く、最高気温も10℃には届かなかった。こんな陽気では一気の雪解けなど望むべくもなく、だらだらと長い雪代がまだつづき、川の水位は高めで安定し、濁りの程度もすこしも変わらない泥濁りであった。

 1週間前にやっと今季1号を釣って、勢いに乗りたい私は、その週末に大きな期待を抱いた。しかし、河川情報の水位から苦戦を強いられることは覚悟した。実際行ってみると、泥色をして膨れあがった川から、数少ない魚を抜き出すなんて、とうてい無理ではないかと落胆した。案の定、ホームリバーの上流から下流まで、どこもあまねく茶濁して、魚の行方など分かるものではなかった。

 しかたなく、気分を変えるために、川沿いの土手を歩いてギョウジャニンニクを採取したり、豊富で人気のパン屋の行列に並んでパンを買ったりした。

 ホームリバーはまだ時期尚早として、私がナンバー2リバーにしている峠の向こうの川に行ってみることにした。山越えの舗装路のわきにはまだ残雪がびっしり残り、峠では深い霧で見通しも悪かった。

 川沿いの道路を走り、農道を辿っていつも車を停める広場に着いた。方向転換し、型どおり車をわきに寄せた。ほっとしてエンジンを切り、車外に出た。シューという空気音が聞こえた。音源を捜すとなんと車の右後輪である。悪い予感はすぐ現実のものとして眼に飛び込んできた。ボルトが後輪の内側に刺さって、そのわきから空気が勢いよく漏れているのだ。ゲンナリした。いきなりパンクであり、短時間でタイヤはペチャンコになった。

幸か不幸か私はタイヤ交換が得意だ。大輪で重いタイヤだが、春と秋にいつも自分で交換している。車のボディ下に吊るしてあるスペアタイヤを取り出し、車体をジャッキアップして、すぐタイヤ交換を済ませた。車のパンクは舗装路では珍しく、たいてい農道か林道で起きる。湿地帯でパンクしたらジャッキをかます路面を探すのも困難だが、その場合に備えて、30センチ四方の金属プレートまで準備している。そんなわけで、ゲンナリはすぐ解決したが、もうパンクはできない。

 すぐ身支度して、川に降りた。とても立ちこみできる水位ではないが、こころなしか水の濁度が薄い。テトラのある渕や回廊を探ったが不発だった。

車を移動して小さな枝川との合流点へ行ってみた。熊鈴を鳴らしてササの被った路を歩いた。川の水位、流速からここでも岸辺から釣るしかない。プラグをラインに結んで丁寧に小刻みにポイントを探った。しかし、反応がない。藪をこぎながら、合流点の枝川側の川中に立った。枝川は透明だ。そこから、本流にダウンクロスでルアーを放り込み、ゆっくりと引いた。水圧がグググとかかったが、その圧力がなぜか一段と増した。「?」と感じたが、一発あわせを入れた。竿先がグイグイと生命感のある曲がり方をした。間違いない。ヒットしたのだ。

釣り人のほうは動けない場所だったので、ひたすらリールを巻いて、魚を引き寄せるしかない。パワフルな大物ではないらしく、容易に魚が近づいてきて、その銀鱗を水面下に見せてくれた。ネットインしたイトウは、57p・1.9kgの中型だが、この季節にはとてもうれしい1匹だった。プラグを丸呑みしていたが、エラぶたからのアプローチで、エラに刺さったフックをうまく外した。

遠征してたった1匹を釣り、その足で逃げるように稚内に帰った。さらなるパンクを避けたかったのだ。稚内市内のタイヤ屋に到着したのはまだ10時台であった。タイヤが拾ったボルトは示指大の太さがあり、修繕不能の穴が空いたので、新タイヤを注文するしかなかった。1匹のイトウを得るために大きな出費だが、しかたがない。

遠くから遠征してくる釣り人は、おそらくこうしたよけいな出費もいろいろとかさむことだろう。そんな遠来の釣り人の苦労の一端をしみじみ経験した日曜日の朝だった。