221話  冬に鍛える


私は積雪期には釣りをしなくなった。島牧の海アメも、洞爺湖のニジマスも釣ったことがない。冬はじたばたしないで、釣りはオフにしている。その代わり、積雪期でもランニングに精を出して、来るべきシーズンに備えている。

稚内の気温は冬でもせいぜい氷点下10℃止まりなので、ランニングのウエアはわりに薄着である。Tシャツ、パンツにウインドブレーカー、ブラックダイヤモンドのタイツで身を固める。これに毛の帽子と手袋だ。シューズはトレイルラン用、靴下はノースフェイスの極厚ソックスだ。気温が氷点前後では、つるつる滑ってしまうが、さらに氷点下5℃にも下がると、ほとんど滑ることがなく、転倒を恐れず安心して走れる。

私は毎月150qを走ることをノルマとして課している。たいていは180qを達成している。これは四季を通じてやっていることで、冬に限ったことではない。しかし、冬は早朝に釣りにいくわけではないので、時間はたっぷりあり、こころゆくまで走りこむことができる。ランといってもキロ7分以上もかかっているが、スピードなどどうでもよい。

毎朝4時起きである。ストレッチと腰割り体操をやってから、戸外に立つ。まだ夜明けの気配もない深夜である。冬の宗谷ではほとんど星空は期待できない。空はどんよりと曇って、ときおり雪が舞う。地吹雪の日もあるが、それはむかしの南極越冬を思い出させてくれる。

コースは自宅を出て、海に向かって坂を下り、国道を北上する。歩道は積雪で走りづらいので、走路は車道である。新雪が降ると除雪車やダンプが行きかうこともあるが、迷惑をかけながら私も同じ路面を走る。この時間帯に仕事をする人びと、すなわち除雪隊員、救急隊員、警察官、新聞配達、タクシー運転手らは、もう顔なじみなのだ。

目的地は、北海道遺産に指定された北防波堤ドームである。ここは、かつては樺太航路の鉄道連絡船積み込み駅があったところで、古代ギリシャ建築を思わせる立派なコンクリート作りの半円形の屋根がかかった400メートルの直線路である。街の路面は圧雪アイスバーンであることが多いが、ドームの路面はコンクリートが剥き出しで、乾いていることがほとんどだ。ここを少なくとも3往復から8往復くらい走る。たまにウオーキングの人が来るが、冬はほぼ私の独占場となる。ときおりザザーッと潮騒が響く。宗谷湾の対岸にあたる声問の灯がともって宝石のように美しい。

 ヒタヒタサクサクとランの靴音を聞きながら、ただ無心で足を運ぶうちに、身体も温かくなり、関節の動きも円滑になる。一時は悩まされた腰や肩の痛みも消えた。雪が解け、竿をかかえて宗谷の原野を歩く日までに、一日歩きとおす持久力がつけばそれでよろしい。

 ランから帰宅すると、家回りの除雪作業が待っている。これはやり始めるときりがないが、少なくとも玄関と車庫前はやっている。こうして1時間以上も戸外で過ごすと、けっこう汗もかく。夜明け前の運動量としては十分すぎる。ふつうの事務職の会社員なら一日分のエネルギーをすでに消費しているだろう。

運動が終わるとシャワーを浴び、熱いコーヒーをいれ、朝刊を眺めながら穏やかな時間をすごす。早朝のBSテレビが流す癒しの風景と音楽が心地よい。

冬場に身体を作っておくと、いざイトウのシーズンがはじまったとき、身体がよく動くのである。残雪の森をタタタと小走りして、赤いイトウを探すのが、大きな楽しみなのである。