216話  ちょっといい川


 晩秋の小春日和にちょっといい川へ行った。気温1℃、水温8℃で、川のほうがずいぶん暖かいから、けあらしという現象なのか、水面上を霧状に水蒸気が覆っている。

 釣りはもう防寒スタイルで、ネックウオーマーと手袋が欠かせない。車を捨て、枯れたイタドリの枝をパキパキと折りながら、川辺のヨシ原に降りた。6時ちょうどに朝日が昇った。オレンジ色の半円が顔をだすと、モノトーンだった川景色がいっきに色づいていく。陽光で川辺のススキが逆光のなかで黄色く揺らぐ。さざ波の立つ暗い川面に明るい光の道ができる。

 なんども来て、私が整備した釣り座は、水面上2メートルにあり、川を俯瞰しながら存分に竿をふりまわすことができる。しかも川の水深も浅いので、いざ魚が掛かったら、タモを手にして、水中に立ちこむのも容易だ。11ft竿にとりあえずSL17をセットして、ブーンという風切り音を楽しみながら、第一投をくれる。らくらく対岸まで届くので、途中でラインを止めて、岸の手前に落とす。それを繰り返していると、川のど真ん中で、バチャと1匹跳ねた。慌てて、ライズリングの真ん中をめがけてルアーを投げ込んだ。出た!水柱があがって、ヒット。と思ったら次の瞬間にバレた。残念ながら、黒星スタートだ。

 それでもめげずにキャストをつづけた。春ほど頻繁ではないが、15分に一度くらい岸辺でイトウが小魚を追い掛け回している。いまこのあたりには、5センチほどのウグイの稚魚とおなじくらいの体長のシラウオが大発生している。浅場にルアーを通すと、フックにときおりこれらの小魚が掛かるから、いかに大量にいるか想像できる。イトウは浅場に乗り上げて、狩りをするのだが、あまりにも浅すぎて、ルアーを泳がすことが困難だ。しかたなくヨシの生え際から2mほど沖合いをルアーで探るのだが、なかなかヒットしない。

 2時間もやって、まだヒットがなかった。そこで、RANGE VIBに換えた。震えながら浮沈するすぐれたルアーだ。重くて小さいので遠投が利く。投げてひと呼吸し、引いてみると、途中でズシンと魚が乗って、竿先がグイグイとおじぎをした。「やれうれしや」とリールの巻上げにかかったが、重い重い。これは時間がかかりそうだ。ヒットのタイムを確認しておこうと、一瞬リールを巻く左手を止めて、腕時計をみた。その行為が悪かった。緊張が途切れて、次の瞬間には、魚がフックアウトしたのだ。なんという浅はかさだったか。

 この日は日中に別の水系に遠征して、午後にここへ舞い戻った。夕陽が差して、ヨシ原が黄金色に染まった。哀しくなるような美しい光景で、おもわず竿をふる手を止めて、見とれてしまう。

 気を取り直してキャストした。やがて軽い魚が掛かった。引き寄せて、タモいれしてみると、丸々と肥ってはいるが寸足らずのイトウであった。体長46pのくせに、腹がポコンとせり出した肥満体の個体だった。いかにこの川の栄養が豊富か分かる。

 その日は川付近に野鳥がつぎつぎに飛来してきた。小魚が多いから、カワウが水面に浮かび潜水をくりかえし、シラサギは岸辺から不動の姿勢で狙っている。カモ類が頻繁に着水しては、また慌しく飛び立つ。上空にはコハクチョウの編隊。そろそろオオワシとオジロワシも姿を見せる。土着のカモメ、カラスもわんさといる。

 早朝から夕方まで、釣り人を飽きさせない川はいまでは貴重だ。釣り仲間には、ここでしか釣りをしない人物もいる。北国の住人は、おもいおもいのポイントで、しばし日頃の疲れを癒し家路につく。あまり釣れないけれど、イトウの会もお世話になっているちょっといい川である。