211話  雨後の集会所


 8月最後の週末を前にして、宗谷では大雨が降った。とりわけ私のホームリバーには大量の雨水が流入し、この季節とは思えないほどの水位となった。

 最近調子がいい私は、この水位でもなんとか釣果をあげることができると高を喰っていたが、具体的にどこで竿をふればいいのか途方に暮れていた。こういう時はまず上流の立ちこみできる川を探ってみる。水位、水温、濁度をチェックすると、だいたいどこで釣りをすればいいか見当がつく。

 雨後のイトウの集会所になる大場所へ行ってみたが、残念ながらまだ水位が高すぎて川岸に立つのも危ない。その日は偵察だけに終わった。

 翌日、水位をチェックするとベストの数字になっていた。勇んで車を飛ばした。朝日が昇るころ牧草地から釣り場に進入すると、いきなりバタバタと大きな鳥が飛び立った。この辺を縄張りにしているオジロワシだ。

 さて川はと見ると、ササ濁りの水面がところどころで膨れあがって、渦を巻いていた。中流なのに川床の段差で早瀬になっている。「下げ潮」も加わっている。それを見て、「釣れる」と確信した。

 二本継ぎのロッドをつなぎ、ルアーは20gのTIGRISに換えた。フックはシングルフックに取り替えてある。竿を振ってそれを小気味よく飛ばす。着水したらふた呼吸ほど待ってリールを巻く。ルアーは川床をこすりながら、動きはじめる。油断がならないのは、魚がヒットするのがたいていピックアップ寸前だからだ。そろそろと竿を持ち上げる瞬間にドスンと食いつく。案の定、1匹目はそうして出た。派手に暴れたがなんだか軽いとおもったら、54pのイトウだった。

 2匹目は段差のある激流をゆっくり通過させてルアーを泳がせていたら、急にロッドが重くなったので、あわせをくれたところ、怒ったように走りはじめた。泥炭の岸辺に立膝で座って、ブレーキをかけたり、浮かしたりして、徐々にラインを縮めて、手の届く範囲に引き寄せた。イトウの口に腹フックががっちり刺さっているけれど、慎重にタモですくい取った。体長は暴れるイトウを膝で押さえ、素早くメジャーで計る。体重はタモごとバネばかりで計測し、風袋を引けばよい。75p・4.2kgのきれいなイトウだった。

 「まだ居るな」と数投キャストを繰り返し、上流から対岸をくまなく探っていたところ、ゴンと食いついた。「さっきより重いぞ」と期待したところ、80p・4.8kgあった。

イトウという魚はほとんど群れないと認識しているので、「もう居ないだろう」と思う反面、「何匹いるか確かめてやろう」と未練が残り、自分にしてはしつこく釣りをつづけた。するとさらに72p・3.2kgが来て、そのあと1匹をばらし、留めに44pが食いついた。釣りをはじめてから1時間半が経過していた。

アサイチで5匹も釣ってしまうと、もう一日終わったような気がする。とりあえず車に戻って朝飯を食べようと、藪をこぎはじめたら、待っていたかのように雨が落ち始め、ぐしょ濡れになって車に着いた。おにぎりを頬張りながら、釣行ノートに5匹の釣りの様子を書き込み、「なぜあそこにあれほど居たのだろう」と思案した。

 2日後、早起きして爆釣した場所に行ってみた。川は平常水位に安定し、透明度が増し、水面の膨らみも渦もなく、静かに流れていた。同じ釣り座に立ち、おなじルアーで探ってみたが、まったく一度の魚信もなく、悄然として引き上げた。

 たしかに雨後の川は、激動していたが、安定期は居眠ったような川であった。そこはイトウにとって「雨後の集会所」だったとしかいいようがない。