198話  老いとの戦い


 まもなく63歳になる。30年むかしであれば老人といわれた。2011年では平均寿命が男性でも80歳まで伸びて、60台といえばまだまだ現役で働く壮健な人が多い。しかしそれは、あくまで日常生活においてである。釣りの世界ではどうだろうか。

趣味の釣りでも、ラクな釣りから、体力的に厳しい釣りまでいろいろある。イトウ釣りはやっぱり厳しい部類にはいる。なぜかというと、イトウの絶対数が少ないので、それを釣るためには、長い時間頑張るか、広く歩いて頑張るしか手はないからだ。時間をかけるか、空間を駆けめぐるか、どちらにしてもラクではない。趣味だから労力を費やして無駄骨を折っても笑っていられるが、これが職業なら釣果ゼロでは意気消沈することであろう。

イトウ釣りにはいまだに熱い思いを抱いているので、シーズンの週末が近づくと期待でわくわくする。しかし、いまでは未踏地域に挑戦する釣りがあまりできなくなった。長くやっていると、イトウの付き場もだいたい分かっているので、苦労して新規開拓する意欲が湧かなくなっている。それでもある程度の釣果はでるので、ますます挑戦ができなくなった。

歳をとると、身体のあちこちが壊れてくる。右肩には釣り師の職業病ともいえる慢性痛をかかえている。プロ野球の投手は最近では100球ほどでマウンドを降りるが、釣り師は一日100投では済まない。一日竿をふりつづけると500投くらいにはなり、夕方には肩はそうとう痛く、動きも悪い。そこで消炎鎮痛剤のシップをペタペタと貼ってしのいでいる。

腰痛で一時は歩けなくなるのではと危惧したが、なぜか回復の兆しがある。薬も温泉もあまり効かなかったが、体操で姿勢の矯正を図っているのが奏効してきたのだろう。なによりランニングや釣りで身体を動かしつづけていることが、よいのだろう。運動を止めると腰痛はいっそうひどくなるはずだ。

最近アウトドアでの注意力が散漫になって、よく足を踏み外したり、木の枝やとげを刺してケガをする。ルアーを眼にぶつけたりもするので、眼鏡は外すことができない。背中に背負っていたタモが、ヤブ漕ぎの間になくなっても気がつかない。そういうことがよく起きるようになった。

私はすでに20年以上イトウ釣りに熱中してきたが、まだまだ現役のつもりでいる。だから過去の栄光など昔語りはしたくはない。若い釣り仲間と、ことしの釣り、昨日今日明日の釣りを語ることにこだわっている。だからこそ、私のイトウ談義に付き合ってくれる釣り師がいるし、イトウの会ホームページを見てくれるゲストもたくさんいるとおもっている。「イトウおじさんの話」も「イトウ写真展」もあくまで過去1年間の釣りの記録に限るように努めている。

いま自分より20歳も30歳も若い釣り師から毎年さまざまな刺激を受けている。25千分の一の地図を手に、未知の川をしらみつぶしに探る釣り人がいる。「あんなところにイトウがいるわけない」と思ったところで釣ってみせるから敬服する。

若い釣り師の道具を見せてもらうと、見たこともない独創的な仕掛けがあったり、北海道では売ってないようなルアーがあったりする。海釣りやバス釣りの道具らしいが、それがイトウ釣りに転用できるのだ。

歳はとったがまだ私には、他人のアイテムやアイデアを受け入れる柔軟性は残っている。自分のやり方には自信をもっているので、流行には流されない頑固さはあるが、見る眼聞く耳は持っている。心身に迫る老いと闘いながら、来季も原野のイトウを追いたい。