196話  初冬の瀬


 11月中旬ともなると北国宗谷では時おり雪がチラつく。イトウはほぼ下流や河口部に下り、中小河川の釣りなど意味がないような気がする。しかし現実には冬枯れした川の中流に居残っている個体がいる。水温の低い中いったい何を食って生きているのだろう。

 この時期イトウの会の連中は、下流の釣り座に根が生えたように突っ立って、日長過ごしている。私もアサイチは下流に顔を出すが、しばらく竿をふり、目の届く範囲で誰にも釣果がないことを確認すると、その場を離れることにする。この時期どこへ行ってもさほど変わりがないが、一ヶ所にじっとしてはいられないのだ。

 中流の放牧地を歩いて、川に到達した。水温は8.3℃だ。川風景は低い夕陽を浴びて、哀愁を帯びた銅色である。すでに牛群は牛舎に戻って河畔にはいない。川が大きく方向転換する渕は、いかにも大物が眼を光らせていそうな雰囲気であるが、案外と魚影は薄い。

渕に注ぎ込む瀬は、折からの増水で荒瀬と化している。上流に向かって歩きながら、ここぞとおもう釣り座で一投二投する。流倒木が小さなよどみを作る対岸ぞいにプラグを投げ込み、瀬の中を引いてくると、いきなり黒い影が勢いよく追いかけてきて、アッと声を出す前に目の前で食いついた。ひと目でイトウと分かる寸胴な魚体だ。「やったー」と思わず叫んだ。イトウは大きくはないが小さくもない63pで、この季節の釣果としては上等である。

「冬を無事に過ごしてくれ」と声をかけて冷水に放った。

10日後の勤労感謝の日、再びおなじ釣り場に向かった。すでにあたりは寒々とした雪景色だ。水温が3.2℃まで下がっていたが、水は非常に透明だった。もう先客の足跡はどこにもない。合流点の渕頭にルアーを投じると、ギンピカの魚が体当たりして掛かったのだが、60くらいかと値踏みしたとたんにバラシた。しかしこの水域にイトウがいることはこの1匹で確認できた。そこでまた放牧地をたどって、釣りあがる作戦にでた。

 岸辺から釣りながら上流へたどったのだが、なかなか魚信がなかった。そこでちょっと冷たいが、意を決して川に浸かった。ところどころに氷がこべりついた木の枝を払いながら、じりじりと釣りあがった。

 水面がかきたった瀬尻に足を踏ん張った。上流側の荒瀬にプラグを泳がして、手元でピックアップしようとした瞬間に、魚が尾のフックに噛み付いた。大きくはないが、まちがいなくイトウであった。バチャバチャと暴れるのを強引に寄せて、タモですくい取った。これが58pで、2011年最後の釣果となった。

 逆層になったクマササをかき分けてなんとか川から放牧地に這い上がった。西風が分厚い雲を運んできて、全天にひろがりいまにも雪が舞い落ちそうだった。次の週末から、出張が重なるので、もう今シーズンは釣りを楽しむ時間がないだろう。最後の釣行でイトウが釣れて満足した。

 毎年これが最後のシーズンかとおもいながら、竿をふっている。迫り来る老いと闘いながら、けっこう頑張り、釣果もそれなりに出してきた。イトウへのあくなき挑戦が、私の老化対策に役立っていることはまちがいない。自分より10歳も、20歳も、30歳も若い人びととおなじ土俵で相撲をとることができるのは、幸せである。

来季はどうなるかわからないが、冬場にも走りこんで、原野を歩きとおす体力と気力を温存したいものだ。