190話  釣り旅


 いま一番やってみたいことは釣り旅である。釣りなど日常的にやっているではないかと笑われるかもしれないが、自宅から川に通っているだけで、夜は自分の布団の上で寝ている。そうではなくて、本波幸一さんや、イトウの会ホームページのゲストのように、車で寝泊りしながら、日長一日イトウ釣りに没頭したい。いつでもできる夢なのだが、それがなかなか実現できない。私は伝書鳩のように本能的にうちに帰るからだ。

 稚内は宗谷の中心地であり、イトウ釣り場がどんなに遠くてもそれは車で1時間半ほどの距離である。当然日帰り圏である。釣行とは、自宅を出発して、自宅に戻る行動なのだ。

 もちろん温泉泊まりで一泊旅行をやることもある。それは年に一二度で、やっぱりきちんと食卓で食事をして、ベッドの上で寝ている。朝になるとランニングまでやっている。その上で釣りに出陣する。おそらく性格上、日常スケジュールを壊したくないのだろう。つまり釣りは想定内の日常業務になっているのだ。

 歳をとって車泊の生活では疲れが取れないことも事実だ。釣りの衣服を脱ぎ、シャワーを浴びて汗を流し、手足を伸ばし、冷えたビールとつまみを食べ、食事をして、布団で寝ることが必要になっている。身体は十分に充電してからでないとエンジン始動できない。古いバッテリのようだ。

 大物を狙っている人びとは、日暮れまで川で竿を振り、朝は未明からふたたび川に立っているという。それが一番釣れるからだ。そんなことは承知の上だが、いまの私にはなかなかできない。

 むかしと違って、釣行の時間が短くなっている。かつては一日12時間以上竿をふるのはふつうだった。早朝に家をでて、日がとっぷり暮れてから帰宅した。いまは、長くて8時間くらい、短いと3時間くらいで切り上げてしまう。出発が5時台であるから、午前中に納竿するか、午後早いうちに戻ってくる。なぜかというと、イトウを1匹釣るとかなり満足し、3匹も釣ると大満足してモチベーションが下がってしまう。集中力がつづかないのだ。

釣行ルートも短くなってきた。かつてのような6時間もかかるルートはもうやらない。ほとんど2時間以内で帰ってくる。それでも釣れるのは、長年の経験のなす業だろう。

釣り旅は、よほどの時間的余裕がある場合を除いて、若者か体力に満ちた人びとの行動なのだろう。本州や道内の遠距離地から長いドライブをして宗谷にイトウ釣りにくる人びとの肉体疲労度は相当なものにちがいない。よくやるなあと感心する。釣りとそれに匹敵するエネルギーを移動に費している。それだけの労力をかけるに値するイトウ釣りの魅力とはなんなのか。

 釣り旅をする人びとの車にはいつも興味をもっている。ワゴン車や4駆車が圧倒的に多いが、内部のレイアウトは個性的に工夫されている。釣り具、寝具、作業台などきちんと整備され、天井裏にロッドがつないだままで4本も収納できるように仕組まれたみごとな車内もある。小さな4駆車が徹底して改造され、助手席がベッドに変わっている車もある。そうかとおもうと、どのドアをあけても道具が落ちてくるような雑然とした車内もある。それぞれの車内で、釣り師たちは日常のストレスから解放され、食事をとり、眠り、釣果の記録をつけ、釣り具の整備をしているのだろう。大人の顔をした少年のように楽しい夜を過ごすのだろう。

私は将来仕事を辞めて、サンデー毎日となるが、そうなってすっきりしたところで、釣り三昧の釣り旅をやりたいとおもっている。いずれは、自分の車に手を加え、釣り旅仕様に整備するつもりだ。日長釣りに没頭し、自炊し、眠り、記録をつけ、道具の整備をする。とてもわくわくする。