185話  イトウの会の巨大魚


 ことしは、わがイトウの会の会員が、実釣で気を吐いている。進境著しい若手の佐藤と 10年要して爆発した遅咲き大器の大村である。

イトウの会の会友の人びとのなかには、メーター級の常連もいるし、私個人の釣友にも毎週のようにメーター級を釣る人物など、「メータークラブ」の仲間が両手の指数ほどはいる。

しかしイトウの会会員でメーターを釣る逸材がなかなか誕生しなかった。設立メンバーでは、川村と私がメーターを釣っているが、それは相当過去の釣果であり、川村は家庭サービスに忙しく、私は数釣りに走っているため、最近ではメーターとはとんと縁がない。

佐藤は海が主フィールドで、海アメ、海サクラ、カラフトマス、シロサケなどアブラビレのある魚をルアーで追いかけているが、解禁になるとヤマメを餌釣りし、港ではソイやカジカなどいわゆるロックフィッシュも、冬には氷下のチカをも狙っている。釣った魚はおいしくいただくキャッチ・アンド・イート派である。その男が、去年から自作ミノーをひっさげてイトウ釣りに参入した。もちろんイトウの会会員であるから、イトウの場合はキャッチ・アンド・リリースである。

2011年は5月から川に立ち、おなじ釣り場の定位置で竿をふりつづけ、100pと105pを連発した。自作ルアーでメーターイトウを釣ることにかけては、本波幸一さんと同じであり、敬服すべき結果を出したわけだ。

大村は長い間自己記録が72pという目立たないイトウ釣り師であった。アルコールが苦手なので、宴会のお膳立てや支払いをやってくれ、酔っ払いどもを車で家まで送りとどけてくれる優しい人物である。竿をふる川もいつも同じで、ほとんど釣果を語らず、「どうだ?」と聞くと、「バラシました」と静かに微笑むのがふつうで、私は彼のヒットシーンを見たことが一度もなかった。

その大村が去年の秋ころから、妙に気合をいれて、荒れる川にも立つようになった。初冬に風速10mもの北風が吹く日も竿をふる愚直さに、正直驚いた。そして2011年、彼は73pを釣って自己記録を1pささやかに更新したとおもったら、いきなり怒涛の快進撃を演じた。6月にはいって、8898pと立て続けに記録を大きく伸ばし、そして遂に102pの戦艦大和をたたき出した。

「釣りの神さまはやっぱり見ていたのだ」とイトウの会の仲間は、彼の大釣果を賞賛し、彼の存在を見直した。

こうして身内に実力者が台頭してくると、イトウの会会長も黙ってはいられない。「ことしは、100匹とメーター魚を釣る」と公言し、あいさつ代わりに97p・8.8kgも釣り上げた。数もまずまず出している。寸暇を惜しんで釣りに出陣する張り合いがある。刺激をうけると、モチベーションもあがり、持病の腰痛も忘れて川通しのロングルートも歩けるようになった。

われわれはイトウ愛好者の会であり、イトウ観察もイトウ釣りも各自のペースでやっている。大物や数を競い合うことはない。ルアーやフライ、餌など釣法も自由である。会の宴会は最近頻度を増し、集まる仲間も急速に増えてきた。7月下旬には、夏の宴を催すが、その夜の格好の話題が、ふたりのメーターオーバー・イトウになることはまちがいない。会員のメーターイトウ話で盛り上がるなんてなんだかとてもうれしい。ことしの冬にやるはずのイトウの会写真展も楽しみになってきた。