182話  2011年第1号


 ことしのイトウ釣りが始まった。57日の週末だった。まだ川という川は増水し、泥濁りしている。ときおり枯れ草を乗せた泥炭の島が渦巻きながら流れてくる。私の好きな釣り場にこの巨大島が座礁した。これはありがたいことで、川の真ん中に飛び出した座礁島に乗って釣りをすることができるようになった。しかも島の縁の水深は2mものどん深である。微妙に水流が変わり、ここにはイトウの大物がつくはずだ。

 雪代増水が暴れると、川周囲の地形も少しずつ変わる。濁水に根本を洗われた河畔のヤナギが川に倒れこむと、そこに天然のダムが生じる。都会の川ならば、防災上の理由ですぐに撤去されるだろうが、原野の川では放置されるので、ここを拠点に流れが一時停滞し、蛇行を開始する。

 こういった川の変化を観察しながら、私は有力なポイントに到着した。右からの濁流と左からの清流がほど良く交わり、まだら模様の水面を作る。イトウがどこにいるかはイトウに聞いてみないと分からないが、クルージングしながら餌を漁っているにちがいない。私は二本の川の合流部の下流側に釣り座を構え、キャスティングをはじめた。扇形に右から左へ、また左から右への探りをいれる。なにも起きなかった。

ひと息ついて、土手に登ってみると、そこにスイセンの仲間の株がこんもりと育って、黄色い花をつけていた。こんなところに園芸植物を植えるヒトはいないはずだから、野生化したのだろう。

気を取り直して、釣り座におりた。本流側の濁水の中にルアーを放り込むと、いきなりリールハンドルがズシンと重くなった。

「あ、来た!」

思わず口走った。半年ぶりに味わうイトウの曳きだ。魚の姿など見なくても、手ごたえだけで分かる。あまり暴れることもなく、手元まで寄ってきた。腰に差したタモを抜き取り、タモ入れの態勢にかかる。イトウはもんどり打って逃げようともがくが、べつに焦るほどのことはない。動きが鎮静したところで、サッとすくった。フィッシングベストの多くのポケットに収納されたニッパやメジャーを探し出してひとつひとつ在りかを確認した。だんだんと実践モードが戻ってくる。

 第1号は69pだが飽食したのか丸々と肥っていた。バネ計りを出して、タモごと計測し、タモの0.5kgを引くと3.5kgあった。肥満児である。タモをイケス代わりにして、写真撮影し、じっくり魚体を眺めた。

 「なんだかノーテンキな顔をしているな」と自分のことを棚にあげて思った。

 タモから出して岸辺の浅場に乗せたイトウは、危機感もないように落ち着きはらって、頭と身体をゆっくり揺すり、のっそりと泥川に消えていった。

 「ことしは、いったい何匹と対面することになるだろう」

1号を見送ったあと、しみじみと感慨に耽った。

 「いつまでこんな釣りができるのだろう」

 原野を流れる川に沿って歩いてみた。まだ増水して膨れ上がり、どこがポイントなのかも分からない有様だ。河畔の植生がまだ十分に育っていないので、歩きやすいし、見通しもよい。ヒグマだって遠くで見つけられるだろうから不安はない。

 鳥の鳴き交わす声がして見上げると、コハクチョウの群れがV字編隊を組んで、北へ飛んでゆく。かれらが11月に戻ってくるころには、例年どおりのイトウが釣れているだろうか。