177話  地域医療と釣り


 イトウの会は、元来市立稚内病院の釣りクラブであり、会員の多数がなんらかの医療人である。医師、看護師、薬剤師、作業療法士、放射線技師など職種は多彩であり、イトウの会会員だけで、診療所規模なららくらく開業できるほどだ。

 宗谷という地方は、北海道の北の果て、日本最北端を含む人口過疎地域だ。京都府と大体おなじ面積の宗谷管内に居住しているのは約73千人。中心地の稚内でさえ人口は39千人ほどで、年々減り続けている。

じつは宗谷は人口過疎地域であるうえに、医療過疎地域でもある。医師の数を指標にすれば、宗谷の全医師数は85人ほどで、人口比で全国平均の半分ほどしかいない。医師以外の医療人も、足りないのは似たり寄ったりで、地域医療を担うマンパワーが大いに不足しているのが現状である。

病院管理者の立場からいうと、だれか医療人が宗谷で働いてくれないかといつも人材を探している。むかし釣り雑誌に求人広告を載せた宗谷の企業があった。われわれも同じ試みをやりたいが、その前にわれわれのメディアであるホームページを活用したい。

 いま地方でたいへん不足しているのが、病院薬剤師である。イトウの会では谷が薬剤師なのだが、彼の後輩をまったく採用できない状況がつづいている。だれか宗谷で働きながら、大自然のなかでイトウと対話してみたい薬剤師はいないだろうか。

さてイトウ釣りをやっていると、医療の世界で働く釣り師がじつに多いことがわかる。イトウの会の掲示板に書き込んでくれるゲストのなかにも複数の医療関係の人びとがいる。あまり聞いたことはないが、ふだん積もりに積もったストレスを、休日のイトウ釣りで発散しているのだろうか。あるいは、対人作業の仕事をするひとは、その対極である大自然を求めるのだろうか。

さまざまな宴席で、隣に座った医師から、「イトウの会のホームページを見ています」などと言われると、まことにうれしい。そんなときは、仕事の名刺とともに、イトウの会会長の名刺も渡して、イトウ談義に入る楽しみもある。

私の部屋には、常に複数のイトウ写真が飾られている。初めての来客があると、対話はまずイトウ話からはじめることも多い。むかし釣りキチの薬屋さんが、最初から最後まで釣り話だけして帰っていったこともあり、なにしに来たのかと笑ったものだ。

私は元外科医である。外科の仕事は手作業であり、糸と針を使う点で釣りとよく似ている。かつては、緊急の手術にも呼ばれたりしていたので、川から車を飛ばして病院に直行したこともあった。

だんだん歳をとると、眼が衰え、繊細な手の動きも難しくなって、外科医としては役に立たなくなるが、さいわいにも釣りにはまだ支障がない。手元の術野ははっきりと見えなくても、遠くのライズリングは見のがさないから不思議だ。

 医療人は、個々の医療資格をもった人びとであるから、都会であろうと地方であろうと、雇用はある。どこに住んでいようが、基本的に仕事に変わりはない。いっぽう天然魚は明らかに人口過疎地帯のほうが釣れる。イトウについていえば、宗谷は日本一のパラダイスだ。イトウだけではない。日本最北の海にも川にも魚はふんだんに生息する。

釣り好きの医療人に、市立稚内病院の門戸は大きく開かれている。イトウを釣りながら、過疎地の医療を支えるのもわるくはなかろう。吾とおもう熱中人のアクセスを期待したい。