176話  宗谷本線冬景色


 宗谷本線には特急スーパー宗谷と特急サロベツが運行している。私は冬の出張には、稚内発札幌行きのスーパー宗谷2号と、札幌発稚内行きのサロベツをよく利用する。指定席はかならずD席にする。往路も復路もD席は天塩川方向の窓側になって、車窓の川風景を楽しめるからだ。耳はウオークマンのヘッドホンで覆い、窓際に生茶のペットボトルを置いて、いざ準備完了だ。

 710分稚内発のスーパー宗谷2号は、南稚内駅をすぎると、まもなく原野に突入する。5分ほどすると、ほんの10秒間だが、眼下に利尻島と日本海を望む壮大な風景が展開する。ここは鉄道マニアなら誰もが知る「北海道三大車窓風景」のひとつだという。車内からカメラを向ける乗客もいれば、車外にも鉄道写真マニアが三脚を固定してシャッターを押している。

 兜沼駅をすぎると、鉄橋でサロベツ川を渡る。ここは流れが急で、真冬でも一部は開水面を残している。さあ、このあたりから私は、身を乗り出さんばかりに宗谷の原野を注視する。夏季とちがって、原野の見通しはすこぶるよい。雪面にエゾシカ、キツネ、ウサギのフットプリントが縦横に走っている。

 豊富、幌延を過ぎると、天塩川が近づいてくる。右手にいくつかの蛇行する小沢をたどると、その先にドーンと本流が現れた。いまはほぼ全面結氷しているが、ときおり、河畔を立派な角をはやした雄のエゾシカが歩いている。ときには大河を横断する足跡を見つけて、「大丈夫かな」と思案したりする。私は厳冬期に背の立たない川の氷を踏み抜いた苦い経験があるのだ。

 雄信内トンネルをくぐると、非常に明るい風景となる。冬の陽がサンサンとこぼれ落ちて、雪原がキラキラと光っている。さあこれからが車窓風景のクライマックスだ。鉄路と平行に流れる天塩川は、白一色の舗装道路のようだ。やがてゆるやかに右カーブすると、問寒別川との合流点に差しかかる。本流も支流も完全に凍って白銀に輝き、両川の間に森のデルタ地帯を形作る。なんと大きく伸びやかな風景なのだろう。

 問寒別駅をすぎると、疎林に突入するが、そこにはサハリンから越冬にきたオオワシが棲み着いている。鉄道がわきを通過しても、驚きもしないで高い樹木のてっぺんに鎮座する姿は、空の王者の風格に満ちている。

 天塩中川駅に停まる。ここはホームが短いので、6両編成だと2両分の車両がはみ出して乗車下車ができない。さすがに豪雪地帯で、積雪がたっぷりある。天塩中川と音威子府の間が天塩川の峡谷で、山が左右から迫ってくる。鉄路は天塩川の右岸を忠実にたどる。いまこの区間に高規格道路を建設中で、トンネル工事も行なわれている。列車がエゾシカと衝突する機会がもっとも多いのもこの区間だ。深雪の原野で一番歩きやすいのが鉄路なのだから、エゾシカが出没するのは必至だ。

 やがて天塩川の大屈曲点にさしかかる。川は直角に曲がる。ここは松浦武四郎の「北海道命名の地」でもあり、左岸に立派な木製の看板が立っている。夏場なら観光客の姿が散見されるが、さすがに厳冬期に訪れるひとはいない。車窓の景色はまさに絶景で、列車が停まってくれれば、ゆっくり写真を撮りたいところだ。アイヌの彫刻家・砂澤ビッキがアトリエを構えた筬島はすぐ近くだが、冬場は雪に埋もれて静まりかえっている。

 音威子府は小さな村で、かつては宗谷本線と天北線の分岐点であった。広い谷に静かな町並みが点在する。ここから鉄路は天塩川と付かず離れずの距離を保ちながら、美深、さらには名寄へと南下していく。天塩川の中流の瀬には、水鳥の浮かぶ開水面も多く、なんと真冬でも釣り車が停まっている。なにが釣れるのだろうか。

 宗谷本線の冬の車窓風景は、オフシーズンで不完全燃焼の釣り師の魂をゆさぶる力がある。みなさんもいちど乗車してみる価値があるとおもう。