169話  浅場の大魚


 9月最初の日曜日、阿部幹雄と中河川の下流部へでかけた。このところ宗谷では雨が降らず、案の定、川は渇水状態で、水温も20℃を超えていた。小魚のライズはあるのだが、大魚の気配はなかった。

 「釣りは厳しいな」

と思いながらも、小さなワンドでキャスティングをはじめた。そこへ水面直下をゆうゆうとクルージングする魚が現れた。川幅いっぱいに大きく蛇行しながら、三角波を曳いて上流から下流へ動き、また下流から上流へ戻ってくる。堂々たる泳ぎっぷりである。

「よし掛けるぞ」と目の前にルアーを落として気を引いてみるのだが、まったく無視して泳いでいる。三角波を曳く魚は、1匹ではない。少なくとも3匹はいた。

釣り師は悠然と回遊する魚に翻弄されるように、あちこちと追いかけながら、下流へ下がってきた。1匹は浅場にいた。泥底の川の一部が干上がって、ワンドを歩くとボソボソとぬかる。長く泥床に立っていると、足を抜くのが容易ではない。

私は浅場の釣りが苦手で、ディープシンキングのルアーはたくさんあるが、水深の浅い場所に適したルアーはあまり持っていない。かろうじて見つけたタイドミノーをラインに結んだ。魚は深さ30pほどの浅場でなにか餌をあさっては、泥煙を巻き上げる。それが釣り師からわずか5mも離れていないのだから、悔しい。私は魚がてっきり大物イトウだと信じ込んでいたので、しつこく食い下がった。ライズした魚が、つぎに出没しそうな場所を予測して、ルアーを投じつづけた。そうやって1時間ほど粘ってみた。

魚はルアーを見限っているかとあきらめかけた時、ズンと手ごたえが来た。「これは、浅場での大イトウとの一大バトル」になると予想し、大声で「きたーっ!」と叫んだ。魚は浅い水深で暴れるので、ザバンザバンと泥水が跳ねあがり、たいそう派手だ。阿部がすかさずシャッターを切る。しかし、肝心の手ごたえは軽く、魚がおもったよりずっと小さいことがわかった。

強引に水際に寄せてくると、腹にスレ掛かりしていた。イトウではなく、正体はボラであった。淡水魚のナマズに体型が似ているが、ヒゲはなく、茶褐色のウロコはコイ並みに大きい。眼が左右に遠くはなれていてぎょろ眼で、ソウギョにも似ている。口はオチョボ口である。体長は53p。イトウには似ても似つかない。サケ科と比べてなんだか器量がよくない魚だ。

私はイトウ釣りをしていて、サケ科以外にもウグイ、コイ、カワガレイ、フクドジョウなどいろんな外道を掛けたが、ボラはコガモとならんで極めて異色の獲物だった。

阿部の写真撮影のあと、すぐにリリースした。あんがい素早く去っていった。近海や川に遡上したボラは、雑食性で臭みがあるので、食用には適さないとされる。しかし、メスの卵巣はカラスミと称して珍重され、酒の肴としてたいそう高級である。

子どものころ、京都の北部の天橋立という観光地で、海水浴をしたことがあった。そのとき、民宿でボラが煮付けで出されたことがあった。味までは覚えていないが、小骨が多かった記憶がある。

私は最近では、イトウ狙いの釣りばかりしている。したがって、釣っても即リリースで、食べる魚を釣ったことがない。夏から秋になると、宗谷の海岸や港には、カラフトマスやシロザケを目当ての釣り人が押しかけて、岸辺には等間隔にずらりと並ぶ。私はあまのじゃくだから、人の群れには入りたくないが、食べるための釣りもわるくはないとおもっている。ボラも食味を試してみるべきだったか。