164話  さすがプロ


 本波幸一プロは、この6月イトウ112p・15.0kgを釣った。残念ながら私は、その場に居合わせることができなかったが、もっと役に立つ人物が横にいた。それは写真家の阿部幹雄である。

 その日、大河は濁り、南西の強風が吹き荒れて、川とは思えない大波が岸辺を洗っていた。川は濁っていた。阿部は朝に札幌を発って、お昼すぎに本波さんと合流した。阿部にはあまり時間がなかった。13時半には別の場所で私と会うことになっていたからだ。阿部が本波さんのわきに立って、5分もしないうちに、本波ロッドにズズーンと強烈な魚信が来たのだという。そのあとは、プロのふたりだから、流れるようにことが運んだ。プロの対応で、魚はそれほど暴れることもなく、小さなワンドに引き込まれて、ランディングとなった。阿部は慌てず騒がず、冷静に場面を切り取り、みごとなショットを重ねた。

イトウは、本波さん自身の記録を1p更新した大物だった。記録というものは、地道なものだ。100pからいきなり110pに跳ぶわけではなく、100pを数匹から10匹ほども釣ってからやっと110pに飛躍する。

あとで、阿部が写した写真を見せてもらった。本波さんのファイトシーンは、私など素人と比べて圧倒的に、静かな闘いの様子が見られる。例えば、竿は半月に曲がっているが、魚は水際で水柱も立てずに引き寄せられるといったシーンなのだ。

 あとで聞いてみると、「魚の反撃を恐れて、いたずらに取り込みを遅らすといったことはしません。勝機ありとみると、一気にランディングに持ち込みます」という。なぜなら、長いファイトで、掛かっている口がちぎれて逃げられるといったアクシデントが、シーバスやサクラマスの際によくあるのだという。長い闘いで、魚が致命的に疲れることもある。ラインなどのタックルが消耗して破綻することもある。だから勝負は早いほうがよい。それが本波さんのモットーなのだ。

 阿部幹雄は元来報道写真家だ。やり直しが効かない世界で生きてきた。だから数少ないチャンスは絶対に逃がさない。以前はフィルムカメラを駆使していたが、さすがに今はデジタル一眼レフだ。撮影枚数も多くなったが、さすがにプロは無駄撃ちがない。しかもファイトシーン、抱っこ写真、口に掛かったルアー、体長と体重の計測作業、リリースシーン、釣り師の笑顔などなど撮りこぼしがない。

 本波幸一というルアー釣り界の第一人者のおかげで、阿部幹雄は稀有の巨大イトウ釣りシーンに立ち会うことができ、一方、阿部のカメラのおかげで本波プロは自分の釣り記録をしっかり残し、世に問うことができる。さすがにふたりともプロである。私ができることといったら、記録魚の祝賀会を開くくらいのものである。その夜は、居酒屋でんすけで飲み会となった。

 乾杯のあと、イトウ論に移った。なぜ荒れ狂う大河で、あれほどの大物が岸寄りしていたのか。否、イトウは川の真ん中を泳ぐのではなく、つねに岸辺の小魚と平行して泳いで、機会をうかがって襲うのだという。濁りは、魚類にとってまったく給餌の障害にはならない。「だって、どろどろに濁ったアマゾン川でも釣りはできますよね」と本波さんはいみじくも言った。

 阿部も本波も拙宅に泊まった。本波さんは、いつもべらぼうに早く、つまり夜明け前にはそーっと家をでて、静かに大河に戻って行った。阿部も5時には起きて、私と朝食を食べ、語りつくせないほどの話をして、札幌に帰っていった。正味1日足らずのとてもいい時間をすごした。