158話  携帯食


私は釣りをしながら、フィッシングベストに収納した携帯食をよく食べている。ホタテ貝柱、カットスルメ、カンロ飴などのほかにチョコレートとクッキーも好きだ。なにしろカロリーが高く、甘いので、長い釣行のエネルギー源には適している。宗谷は気温が低いので、ベストの中でチョコが溶け出す悲惨なことにはならないのでよろしい。

 聖バレンタインデーとホワイトデーのおかげで、冬から春にかけてチョコレートとクッキーが売れ、デパートの地下売場はにぎわっている。私は病院という女性主体の職場に勤めているので、毎年チョコレートはかなりもらう。

最近では、本命チョコだけではなく、義理チョコも高価なブランド品がまかりとおる。私がもらう義理チョコであれば、むかしから食べている明治の板チョコで十分なのだが、バレンタインデーでもらう製品は、たいそうなパッケージに包まれた豪華なチョコが大半である。一個一個が仕切りに収まっていて、カラフルでそれぞれに個性的で何様だという感じだが、味は甘さを抑えてありわるくない。

 クッキーは焼き菓子である。いまではソフトクッキーなるものもあるが、私はパキンと割れる硬いものが好みだ。クッキーといえば、英国の上流階級がダージリンティーとともにつまむお上品な軽食のイメージが強い。しかし私は行動食の主食として食っている。だから11枚が包装されたようなお上品なクッキーは面倒でしようがない。フィッシングベストのポケットに10枚くらい束ねて入れておいて、バリバリと食べるのがいい。

 チョコレートにしても、クッキーにしてもあまりそれだけを食べると、のどが乾いてくる。そこで、水分補給が必要だ。私はカルピスウオーターとポカリスウェットの袋をもっていて、それをチビリチビリ飲む。これだけで半日の釣りには耐えられる。 

 むかし登山をやっていたころは、山行の食料はすべてリュックサックに納めて自分でかついだ。行動食はたいてい軽くて安いビスケットであった。いまは一日中アウトドアで過ごすわけではないので、それほど大量の食料をかついでいく必要がない。釣りのひとつのコースを終えれば車に帰って、本格的な食事を摂ることができる。

 ただしイトウ釣りではなにが起きるか分からない。巨大なターゲットが目の前にいるのに、空腹を満たすために、わざわざ車に帰るわけにはゆかない。そんな時は、携行食をかじりながら、集中力を切らすことなく粘ることができる。

 大河の下流に陣取って、朝から夕までずっとキャスティングを続けるには、けっこう心身の持続力が要る。私には本波幸一さんのように一ヵ所で一日を過ごすほどの根気はない。ここで絶対に釣るという強い信念もない。身体が疲れるより、むしろ心が消耗する。そんなとき、機械的に竿をふりながら、まったく別の世界にワープして物思いに耽るのもひとつの手だが、できるだけ長く口のなかに停滞する携帯食を食べるのもまたひとつの手だ。チューインガム、ホタテの貝柱、スルメ、ビーフジャッキーなどはこれに適している。クチャクチャ噛んでいるうちに、突然ガツンと魚が食いつくこともあるのだ。

 以上のように携帯食は、カロリー源であると同時に、心の持久力の源でもある。長い時間、竿をふりつづけるために、適度な息抜き法と携帯食を工夫してみるのもおもしろい。