140話  食 事


 イトウ釣りは長時間にわたる肉体労働だから、空腹になる。釣り師たちは、なにをどんなときに食べているのだろうか。

 私は地元民だから、自宅から川へ出陣する。せっかくの休日の朝に、ゆっくり朝食を摂ってから出発する余裕はない。朝食を抜きで発ち、かならず寄るのがコンビ二だ。私はコンビニ弁当、パン、緑茶や紅茶などの水物をたっぷり買い込んで、川へ向かう。車を運転しながら、朝食に菓子パンをかじり、お茶を飲むのがふつうだ。

 当日の第一ラウンドは、たいてい2時間以上かかる長いコースをたどる。そこで、フィッシングベストには、変形プラボトルの水物と、カンロ飴が入っている。それらで渇きと空腹をしのぎながら、川中を歩いてイトウを狙う。

 長いコースが終わって車に帰還すると、大きな弁当をゆっくり食べる。水物を大量に摂る。釣行の記録もそのとき付ける。こういう時は、濡れたウエーダーを脱ぎ、フィッシングジャケットも干して、Tシャツと短パンツの姿でリラックスして、疲れを癒している。

長いルートを二三本もやるときは、上記の繰り返しだ。

大河の下流などで動かない釣りをやるときは、すこし異なる。動かないのなら、多少荷物が多くてもよい。本波幸一プロといっしょに竿を振るときなどは、テルモスに珈琲を満たし、マグカップを二三個用意し、弁当のほかに、お菓子やスルメやホタテ貝柱をリュックサックに容れて持っていく。私は延々と長時間、同じ釣り座に立って竿を振ることが苦手なので、「お茶にしよう」と本波プロを誘って、珈琲を飲み、お菓子などをつまみながら、あれこれ釣り談義をやり休憩するのだ。この時間はたいそう楽しく、さまざまな釣りの知恵をさずかる。

むかし、シマノのフィッシング・カフェのビデオを作っていたとき、草島清作さんの御一行に会いに行ったことがある。ちょうどお昼の時間だった。草島名人はなんとコンロと食材などを大量に川辺に持ち込み、釣り仲間と焼肉をやっていた。午前中に90pを含む3匹を釣ったといって、悠然と箸をすすめる名人に敬服した。

釣りの時間を惜しむように、ばたばたと食事をする凡人と違って、釣りは釣り、食事は食事と豊かなアウトドアの楽しみかたを知っている名人であった。

私は魚信の止まる昼間に町の食堂へ行って食べることもある。カツカレーとかあんかけ焼きそばといったメニューである。がっちりと胃に収めると、また新たな釣りの意欲が沸いてくる。食堂だけではなく、喫茶店に顔を見せたり、散髪までするのが釣れない幕間の過ごしかたである。

一日の釣りが終わると、釣りの充実感とともに空腹感も味わう。むかし阿部幹雄と撮影釣行をつづけていたころは、釣りを終えて自宅に帰ると、できるだけ豪勢な夕食で疲れを癒していた。肉屋で買ったステーキ肉を焼き、すしを出前してたらふく食べ、ワインやウイスキーを飲んだ。

私は真のアウトドアマンではないので、野外でテントを張って一晩をすごすことは嫌いなのだ。一日中竿をふって、くたくたになるまで体力を使えば、どんなに美食しても生活習慣病になる心配はまず要らない。

遠くから宗谷へ遠征してくる人びとは、釣り以外の時間と費用がもったいないから、食事などに時間をかけないのだろうが、旅の途中に食べる飯はいつもと異なりなかなかにうまいものなのだ。みなさんも豊かな釣りと同時にときには豊かな食事をして、宗谷遠征を満喫していただきたい。