108話  産卵と釣り


 ことしは、「イトウ産卵期における釣りの自粛お願い」問題が話題になった。全道一律に4月5月を自粛期間にしたいという道の言い分にまず根拠がないとおもった釣り人は多いだろう。イトウの産卵期は、同じ宗谷でも河川ごとに異なる。われわれイトウ愛好者の間では、それは常識である。

たとえば、猿払川水系でも、本流水系と狩別川水系では、数日から1週間のずれがある。そのため研究者もまず本流の源流部を見てから、狩別川水系へと移動する。わがイトウの会では、さらに日本海側の河川の産卵状況も見ている。イトウの会では、ずっと定点観測しているわけではないが、ある源流部の産卵状況を基準として、これから何日遅れという風に推測している。また過去のデータと比較して、ことしは産卵が早いとか遅いとかいうこともできる。産卵期の途中に大雨が降ったりすると、状況が変わることもある。

イトウの産卵がいつ行なわれるかは、ひとつの水系だけで判断するべきではない。数少ない研究者だけで多くの水系をカバーするのは、不可能であるから、私はおそらく自分しか行かない川のデータは、参考として研究者に提供している。

イトウが産卵のために遡上する時期に、源流部やその遡上の途中にあるポイントで待ち受けて釣るべきではないことは、まともな釣り人であれば理解できるだろう。釣り人の針にかかり、ファイト中に魚が致命的な体力消耗をきたすことは十分に予測できる。もしかすると、親魚が死亡するかもしれない。生きのびても、通常の産卵には耐えないほど消耗しているかもしれない。そうなると、イトウ資源の損失は、1匹ではなく、その子孫も含めて1000倍にもなる。もちろん赤い婚姻色に染まっているのは、オスなのだが、メスもほんのりと赤くなる。「赤いイトウは釣るべきでない」とは産卵に参加するイトウは釣るなという意味なのだ。

産卵のピークが終わったころに下流部、あるいは河口部にいるイトウは、その年は産卵に参加しないと考えるべきだ。そういった時期と場所で、釣りを規制する意味はない。いっぽう産卵で体力を消耗しても、下流部で貪欲にえさを捕ることによって、急速に体力を回復する。産卵を終えてまだ赤い婚姻色をほんのりと残しているイトウもいるが、それを釣ってはいけない理由はない。彼らも貪欲にえさを漁っているのだ。

私は毎年、産卵観察を行い、その状況から産卵期が終わろうとすることを判断してから、下流域で釣りをはじめる。例年の5月は、まだ雪解け増水が収まらず、ササ濁りで多少とも水位は高い。なかなか釣果は出ないが、この季節の釣り師は、川で竿を振っているだけでなんともいえない幸せを感じるものだ。

地球温暖化で、季節が前倒しに進行していることしは、川の雰囲気がちょっと例年と異なる。例年なら4月下旬はまだまだ増水期のはずだが、どんどん減水して、ほぼ平常水位に安定した。イトウの産卵期も早まっているようだ。近年、こうした地球的規模の気候変動がめだっているので、イトウ保護について、4月5月を規制するといった固定観念では、もう対応ができない。おそらく、産卵時期は年毎に前倒しに早まっていくのではないか。そうなると、地域ごとのルールが絶対に必要になるし、地域でも年々更新していくべきものではないか。

宗谷の各漁業協同組合では、たとえばウニ漁の際、その日の天気や直近の資源量を見据えて、組合長が「旗をあげる」と解禁となり、漁師はいっせいに漁船を飛ばして、出漁するのだ。そういった状況に敏速に対応するルール作りが、イトウ釣りなどの遊魚の場合にも必要な時期にきているのかもしれない。