104話  ウエーダー


 イトウ釣りで必須のアイテムのひとつにウエーダーがある。つまり胴長のことなのだが、現在では、その長さ、厚み、色、靴部分の有り無し、素材の多様性などきわめてバリエーションが多い。

 ウエーダーは、その用途つまり釣法によって形態と色が大体きまっている。フライフィッシングのようにあまり移動しない釣りでは、ゆったりとしたダークグリーン系のものが好まれている。いっぽう、源流釣り師や鮎釣り師は、移動するか深場に立ち込むので、身体にフィットした動きやすいものを好む。

 私はこの10年くらいは、鮎釣り用のスリムなウエーダーをはいている。その理由は、まず動きやすく、ヤブこぎに強く、深い水中に立ち込む場合の安全性が高いからだ。ネオプレーンで仕立てられているので、保温性もあり、春や秋から冬にかけての寒い時期にも役にたつ。

 むかし宗谷の中小河川をしらみつぶしに遡行し、イトウ釣り場を探っていたころ、川中でなんども深みにはまったり、流れに浮いてしまったりしたとき、スリムウエーダーの浮力と、浸水しない特性で、ずいぶん命を助けられた。あのとき、だぼだぼのウエーダーであったら私はなんど天国へ行ったか分からないほどだ。

 スリムウエーダーであればどれでもいいというわけでもない。私は、ダイワの靴と一体型のものを好んではいている。ブーツとタイツが別々のウエーダーは、はくのにも脱ぐのにも時間がかかってしようがない。しかも、ブーツの内側に土砂が侵入することがある。したがって、さらに土砂侵入防止用にスパッツが要る。なにかと手が掛かるのだ。

 ただし、例えば猿払川の源流域みたいな泥底の原始河川を歩く場合は、スパイク靴がよいので、スパイク靴とタイツの組み合わせで使用している。

 いまウエーダーの高級品は、マジックテープでソウルを張り替える商品が出回っているが、これが欠点で、泥底の川や泥沼や湿地帯を歩くと、必ずいつかはばりっと剥がれてしまう。どんな新品でもだめだ。それで、私はマジックテープ部分に接着剤を塗って、剥がれないようにして使用している。

 ゴアテックスのウエーダーは、汗を蒸発させ、水の浸入を防ぐとされるが、残念ながらゴアテックスが傷に弱く、長いヤブこぎなどやると、あちこちに穴があいて浸水する。

 鮎釣り師のウエアはなにかと派手だが、ウエーダーもしかりで、会社のロゴが白抜きで大胆に描かれていたり、黄色のウエーダーまであってびっくりする。相棒の写真家・阿部幹雄は釣り師の衣装にいろいろ注文をつけたが、派手な柄のウエーダーが嫌いで、私によく「マジックで文字を消してくれませんか」と言った。たしかに、原始の川の一点に溶け込むような釣り師が、キンキラキンのウエーダーを身につけていたら釣り風景は台無しになるらしい。

本当は、黒いネオプレーンで、スリムウエーダーをオーダーメイドすれば一番よいとおもうが、そうなるとコストが上がって、まるで高級背広を川で着ているようなことになってしまう。

私はわりにウエーダーを大事にしていて、一日の釣行のあとは、かならず乾かし、小さな穴もすぐ補修するし、ソウルも自分で張り替える。それでも1年間もつかどうかというのが、このウエアの消耗の激しさなのだ。

ウエーダーは、釣り師の下半身をきりりと引き締め、「さあ、釣るぞ」とやる気にさせてくれる衣装だ。釣りの主役ではないが、目立たない名脇役であるから、大事にしたい。