私の釣り場のひとつに元開というところがある。そのど真ん中を私の愛するイトウの棲む川が流れているのだが、この川は秋の長雨にはきわめて弱い。それは川の源流部の樹林が大量に伐採されて、保水力が弱まっているので、雨が降るとあっという間に増水して、茶褐色に濁ってしまうからだ。晩秋の週末はだいたいが、ひどい川の有様で、釣りどころの騒ぎではない。

 ある年の10月、私は元開へやって来た。二三日つづいた秋雨で、秋晴橋の下の川は流木がプカプカ流れる悲惨な状況だった。

「こりゃ駄目だ。しかたがない。ランニングでもやって、憂さをはらそう」

 気の向いた時と場所で走る私は、いつも車に積んである短パンとスニーカーを取り出して、車外で着替えた。川は駄目でも、空は秋晴れで、風は凪ぎ、野には光が満ちていた。すこしストレッチングして筋肉や腱に刺激を与えた私は、約1.5km離れた山際の高橋牧場までゆっくりと往復することにした。

 橋をスタートし、ほとんど平坦な農道をこの地区の最終人家に向けて、テンポよく脚を運んでいく。両側はゆるやかにうねった牧草地である。人家もまばらなのに、道は5mの幅があり、きちんと舗装されている。これはミルクロードといって、酪農家から牛乳を回収する大型のタンクローリーが冬場でも走れるように設計されているのだ。

 道の二股を右折し、川の支流の細い流れ沿いに農道をたどっていくと、高橋牧場の建物が見えてくる。このあたりの酪農家は広大な敷地におおらかに建物を配置していて、母屋のほか、牛舎、農機具倉庫、牧草貯蔵庫などが、道の両側に間をおいて軒をならべている。私は、高橋家のひとびとを知っている。それは、この家のおばあちゃんを手術したことがあるからだ。きょうは、わざわざ訪ねていく理由はなかったので、高橋牧場の真中をすこし速度を上げて、通り抜けた。牧場のはずれに懸かる小橋でUターンし、もういちど牧場を突っ切って、秋晴橋に戻っていった。だれひとり会うこともなかった。心地よい汗をかいて、私は街に引きあげた。

 それから半月もたったある日、高橋牧場のおばあちゃんが嫁に付き添われて私の外来にやって来た。

「やあ、調子はどうです?」

おばあちゃんは、いつになく神妙な顔つきで、私をのぞき込むように見つめていた。

「せんせい、わたしにはついにお迎えがきたようです」

「それはまた、どういうことですか?」

「ついに真昼間にせんせいの幽霊を見るようになりました」

「ほう!」

「お昼時、うちの外を眺めていたところ、せんせいがうちの牧場の中を走っていかれました。黒い帽子をかぶって、白い半袖シャツと赤い半ズボンをはいていました」

「ほう!」

「うちは、新聞配達と郵便屋さんとミルクタンク車以外には、めったにひとが来るところではありません。走るひとなど見たことがありません。せんせいが、走ってこられるなんて絶対にないことです」

 私はその幽霊が高橋牧場を駆け抜けた日のことを思い出した。

「フジさん、その幽霊はホンモノの私ですよ」

 おばあちゃんは、一瞬、眼を丸くしたが、つぎの瞬間、つき物がとれたように破顔一笑して言葉を吐き出した。

「ひぇー、せんせいでしたか、幽霊じゃなくて、ホンモノのせんせいでしたか。よかったぁ。よかったぁ。息子夫婦に言っても『ついにボケたか』と馬鹿にされると思って、誰にも言えなくてねえ」

「ごめんなぁ。まさかフジさんが外を見ているとは知らなかったものだから、あいさつもしないで走り抜けてしまいました」

 道北の酪農家は、それぞれ何世代もが苦労して開いた広大な敷地をもっている。しかも各家はわりに川に近いところに建っている。それは、酪農家が、上下水道として川を利用してきた歴史があるからだ。

私はイトウ釣りのため川に進入するとき、酪農家の牧草地を通らせてもらうことも多い。しかし、幽霊に見られたのは初めてのことであった。

「半月もおれの幽霊に苦しんでいたのか。すまんなぁ」

 私は気持ちが楽になって、穏やかな表情で帰っていく高橋フジさんの後姿に頭をさげた。

A word of JHPA president